どうも、私が妹たちが考えたサイキョーのお兄ちゃん……らしいです~とりあえずかわいい妹のために全力でお兄ちゃんを遂行します!~
龍威ユウ
第0話:弟に裏切られました……
その日、季節はまだ十月であるというのに鉛色の雲からはしんしんと雪が降り積もった。
更には雷鳴がとどろき、眩い稲光が地上を照らす。
明らかに異常気象と言う他ないこの事態の中で、四人と一人が対峙していた。
あちこちでは赤々とした炎がごうごうと激しく燃え盛り、木々や建物は見るも無残に破壊されている。
この状況を作ったのが彼らであることは明白であり、四人は一人の青年に鋭い眼光を向ける。
「――、ここまでだ兄上」
一人の男がそう言った。
男の右手には一振りの剣が握られ、鋭い切先はたった今兄上と呼んだ青年に突きつけている。
美しい
彼の右腕からは赤々とした血が滴り落ちていた。よくよく見やれば彼の身体には、いくつもの鋭い刀傷が帯びていて、早急な治療が必要なのは一目瞭然である。
呼吸も乱れ、今にも卒倒しそうな雰囲気をひしひしとかもし出す青年は――しかし。この危機的状況下であるにも関わらず、四人に対し不敵な笑みをふっと浮かべてみせた。
「――、兄貴はすごい人だよ。それについてはオレ様も異論はない――だけどな」
見上げるほどの体躯が特徴的な男が、静かに手にしたそれを振りかざした。
身の丈――およぞ3mはあろう巨大な鉄棒だ。先端に集中する突起物には、べったりと赤黒いシミが残っている。
それがなにであるかは、あえて青年も尋ねるような真似はしなかった。
「……おいおい。そこまでしてお前達は俺が憎いのか?」
青年は静かに、そう彼らに尋ねた。
「……俺はまぁ、はっきり言ってできた兄貴じゃない。だからって弟のお前らに恨まれるようなことをした覚えはまったくないんだがな」
「……恨みならばあるさ」
小柄な体躯で、四人の中でも比較的若々しい少年が静かにそう口火を切った。
「兄者は……オレ達にはないものをたくさん持ってる。でも、才能は全くと言っていいほどない。それなのに……!」
瞬間、少年の眼光が鋭くなった。
あどけなさが残る顔に、その鬼のような形相はあまりにも相応しくない。
氷のように冷たく鋭い眼光は、まるで猛禽類のそれを彷彿とする。
そして、彼の言葉に隻眼の青年が強く首肯した。
「そうだ! どうして親父はよりにもよってあんな兄者を後継者に選んだのだ!?」
「剣の腕がまるでない兄上に、家督を継ぐなど断じて許していいものではない!」
「そうだ! 芯に相応しいのは兄貴ではない!」
そうだ、と口々にする四人に、青年はふっと自嘲気味に笑った。
結局のところ、弟の目的は跡目争いの厄介者潰しということらしい。
真に恐ろしいのは、自らがその跡目になるために血の繋がった兄でさえも平気で手を駆けようとする貪欲さ。
人間とはかくも、欲に眩めばこうも醜く成り果てるものなのか……、と青年はすこぶる本気でそう思った。
いずれにせよ、彼らに話し合いの余地がないと察した青年はゆっくりと身体を起こした。
とにもかくにも、死ぬつもりは毛頭ない。
元より家督にはまるで興味のなかった青年であった。欲しいのであれば誰でも好きに持っていけばよい。こう平然と豪語できるほど、彼は身分や地位というものにまるで興味がない。
それよりも、まずはどうにかしてこの場から逃げおおせること。
是が非でも生き延びてやる、と青年は自らにそう固く誓う傍らで静かに呼気をもらした。
ふと、ある邪念が青年の脳裏によぎった。
“どうせだったら、もっとかわいげのある兄弟がほしかった”
“できることならば、今度は妹の方がいい”
“愛嬌があって、優しくて、兄想いな……そんな、絵に描いたような妹を”
そこまで考えて――いくらなんでも、夢の見すぎだ。青年は自嘲気味に小さく笑った。
「……まったく、お前達がもっとかわいげがあったらよかったんだけどなぁ」
「兄上、お覚悟!!」
「……悪いが、家督はやっても俺の命は誰にもやらないぞ?」
青年は、くるりと背を向けると一目散に走り出した。
周囲は炎に壁によって阻まれ、触れようものならば容赦なくその身を焼き焦がす。
よって常人であればいかなる方法を用いたとしても、突破することは決して叶わない。
青年が、常人であったならば……という話だが。
「あちちっ……!」
燃え盛る炎の中を、青年は駆け抜ける。
ちりちりと熱された空気は皮膚のみならず、肺をも容赦なく熱傷していく。
それでも青年のその足が止まることは一度としてなかった。
むしろ、その逆でぐんぐんと加速を重ねついには一陣の疾風の如く化すほどに迅い。
程なくして炎を突破すると、青年は尚もかけ続ける。
その先に道はなく、踏み越えようものならば大海原が次は出迎えよう。
断崖絶壁という、圧倒的不利な場所であるにも関わらず。青年の顔に浮かんだ笑みはまるで崩れない。
背後から、青年を追跡する四人の怒号が響き渡った。彼らもあの炎を突破しようとしているらしい。
「……さてと、それじゃあ弟達とは永遠の別れだな。こんな別れ方はしたくなかったが……まぁ、あいつらに兄弟殺しの汚名を着せずに済んだことだけは儲けもんかな」
そう言い残して、青年は大海原へと向かって跳んだ。
漆黒の空にぽっかりと浮かぶ満月が、ゆらゆらと揺れる海面までの高さはおよそ100mと少し。
まず、明らかに助かる距離ではない。それを青年はなんの手段もなく、着の身着のままで跳んだ。
いうまでもなく、彼の身体は重力に従ってどんどん落下速度を加速させていく。
もはや助かる見込みは皆無に等しく、されど青年は未だ不敵な笑みを浮かべてみせた。
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