第6話:怪しい村へレッツゴー!

 メルフィランド郊外にある森で、次々と人が行方不明になっている。


 この事態を只事ではないと判断した国王は、ただちに調査隊を派遣した。


 しかし、過去これまでに無事に帰還した者は一人もおらず。いよいよ【天使の箱舟】の力に頼らざるを得ないという結論へと至った国王は、優秀にして偉大なる魔法使い――テオドールと、その愛弟子達に至急対処するように応援を要請したのである。


 と、ここまでが事のあらましで龍華は現在、リンディアとフランの二人と共に件の場所へと赴いていた。



「うぅ……フラン、怖いよぉ」


「大丈夫よフランちゃん。リンディアも怖い……けど、リュカお兄ちゃんもいるから、ね?」


「あー……そこまで過度に期待されると、なんだか緊張するな」


「ねぇねぇ、リュカにいちゃまは強いの?」


「ん~……」



 純粋な眼差しを向けて、そう尋ねるフランに龍華は考えるような仕草を返した。


 強い、とはなにか――これはきっと、誰しもが一度は直面しよう課題だと思う。


 それは腕力によるものか、はたまた知力によるものか、あるいはそれら以外の要素か……。


 強さとは、その人によって考え方も価値観もまるで違ってくる。


 そのため幼い少女の純粋極まりない質問に龍華は、回答するのにしばしの時を要してしまった。


 答えは、一応ある。



「――、俺よりも強い奴はこの世の中にはたくさんいると思うぞ。実際、俺にだって何度挑んでも勝てない奴がいるし」


「そ、そうなんですか!?」


「そんなに驚くことか?」


「だ、だって……リンディア、リュカお兄ちゃんが一番強いって思ってたから」


「そりゃ買いかぶりすぎだ。俺も未だに勝てない奴がいる……なんだと思う?」



 龍華がそう尋ねると、二人の少女は互いの顔を見合わせやがて困ったような表情かおを示した。


 いささか意地悪だったか、と龍華はそんな二人に優しい笑みを浮かべる。



「――、答えは漬物だ。特にぬか漬け」


「ツケ……モノ?」



 リンディアがはて、と小首をかわいらしくひねった。



「あの臭いというか味は、未だに好きになれない。でも、それを言うとめちゃくちゃ親父に怒られるんだよなぉ」


「えっと……つまり、それは食べ物ってことですか?」


「そうだぞ」


「リュカにいちゃまも嫌いなものがあるんだね! フランもお野菜きらいだもん」


「フランちゃんはもっとお野菜を食べないとだめじゃない」


「むー! だって苦いんだもん!」



 年相応のやり取りを繰り広げる二人の顔に、もう恐怖の感情いろはなかった。


 それを横目で微笑ましく見守って、龍華は視線を正面へと戻す。


 そこは鬱蒼うっそうとした森の中だった。


 龍華が最初にいた森とは異なって、まだ日が高くあるにも関わらずどんよりとして薄気味悪い。


 ぎゃあぎゃあ、というその鳴き声は彼の知識にあるどの生物にも該当せず。今や草木が互いを擦る音でさえも、ひどく不気味にしか感じなかった。


 魔物が急に出てきそうな雰囲気がひしひしとかもし出す中で、龍華の表情は終始穏やかものだった。


 むしろ、鼻歌まで歌って上機嫌ですらある。


 当然ながら、そんな彼の背後をついて歩く二人の表情はとても訝し気なものだった。


 正気か、と今にもそう言わんばかりの二人の視線を背中にたっぷりと浴びていることさえも気付かず、周囲の景色を物色しながら意気揚々と望むその足取りは恐ろしいぐらい軽やかなものであった。


“この雰囲気……なかなか不気味なところだな”

“前に神隠し事件が起きた時も、確かこんな感じだった気がする”

“となれば、今回もその手の類って可能性がある……か?”

“……どっちにしても確認すればわかることだ”


 森の奥へどんどん歩を進めていく龍華たちだったが、未だ何か異変が起きる兆しもなく。


 ただ時間だけが静寂の中に消えていく現状に、いよいよ飽きが彼の胸中で生じ始めた頃――。



「……だんだんと霧が出てきたな」



 濃厚な霧が森に漂い始める。


 一寸先さえも満足に目視できないこの状況に、龍華ははじめて表情を険しくさせた。



「う、うん……それに、ちょっと寒くなってきたかも」


「まぁ森の中に陽光がほとんど入らないから、それも仕方がないだろう。とりあえず――」



 敵が野戦……特に、今回のような状況での戦闘に特化していれば脅威と言う他ない。


 幸いにも龍華にはその経験がある、がリンディアとフランにそれがないのは狼狽している彼女らを見やれば一目瞭然だ。


 どうにかして視界を確保する必要がある、と龍華はリンディアとフランの手をそっと、それでいてしっかりと握った。


 自分だけならばともかくとして、今の龍華の双肩には二つの尊い命が課せられたも同じ。


 仮にも兄として、かわいい義妹を守る責務が彼にはある。



「わぁ~リュカにいちゃまのお手て、あったか~い」


「リュ、リュカお兄ちゃん……!」


「この状況だ、離れ離れになったら圧倒的にこっちが不利になる。この霧がもし人為的なものだったとしたら、敵は俺達を各個撃破するのが目的だろう。でもそれは言い換えれば個の力が弱いからか、あるいは敵は一人だけかってことになる。一人ずつ確実に仕留めるのが目的だったら、この状況はまさに敵にとって優位だ」


「さ、さすがですリュカお兄ちゃん。そこまで読んでいたんですね!」


「とりあえず、お互いに離れないように。常にお互いの姿が視認できる距離で移動しよう」


「――あ! ねぇねぇリンディアちゃん! リュカにいちゃま! あれ見て!」


「あれは……村か?」



 霧がわずかに薄れた時、フランが指差した方向に小さな村があった。


 木の柵で囲われ、中に入るための門は3mほどの高さはあろう。


“こんなところに村があったのか……”

“とりあえず、情報収集って言う意味合いでも寄った方がいいだろう”


 龍華はそう判断した。


 村に近付いていくと、霧は更に薄くなり視界も徐々に良好になっていく。


 そんな中で門の前に立っていた男の姿に、リンディアとフランが驚いてしまった。



「おや? こんな辺鄙な村にお客さんがくるなんて珍しいねぇ」


「び、びっくりしちゃったぁ……! おじさん、いつの間にそこにいたの?」


「はっはっは。ずっとここで立っていたよ、かわいらしいお嬢ちゃん。私は、この村を守るための門番みたいなものだよ」


「…………」



 自らを門番である、とそう主張する男は一見するとなんの変哲もない、齢はおそらく40代といったところだろう。


 温厚そうな顔立ちにリンディア達がホッと安堵する、その一方で男を見やる龍華の視線は、さながら葦太刀のごとく冷たく鋭い。それは彼が、門番に対し明らかな警戒心をむき出している証拠だった。



「――ところで、お嬢ちゃんたち。この辺りはよく霧が出るから視界も悪かっただろう。今はだいぶんマシになってるけど、霧が出ている内はあまり出歩かない方がいい。なんだったら、霧が晴れるまで村によっていきな」


「え? で、でも……」


「……そいつはありがたい。それじゃあ、ありがたくこの村でしばらく休ませてもらおう――いくぞ、リンディア、フラン」


「あ、う……うん」


「えぇ、どうぞどうぞ――久しぶりのお客さんだぁ」



 門番の顔は相変わらず笑みが張り付いている。


 ただし、門をくぐる刹那にてにしゃりと口元を歪めたのを龍華はしかと横目にて捉えていた。


 明らかに普通ではない、と思う傍らで龍華はリンディア達と共に村に足を踏み入れた。

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