第3話:妹が増えました

 立派なのはもはや言うまでもなく、豪華絢爛の一言に尽きよう内観に龍華は周囲を物色した。



「こちらです、リュカお兄ちゃん」

「あ、あぁ……」



 リンディアに案内されるがまま、館内を歩いていた龍華はそこで一人の少女とばたりと出会った。


 歳の頃は、リンディアと同じかあるいは少し下ぐらいか。


 クリーム色のショートボブに、翡翠色という極めて稀有な瞳が印象的だ。


 緑を主としたゴシックロリータ風のドレスを見事に着こなす彼女としばし見つめ合い――



「……もしかして」


「え?」


「もしかして、フランのにいちゃまなの!?」



 きょとん、と不可思議な表情が急にぱっと満面の笑みへと変わった。


 外見相応のかわいらしい反応よりも、少女が口にした言葉に龍華ははて、と小首をひねった。


 何故この娘も自分のことを兄と呼ぶのだろうか、と沈思する傍らでリンディアが口火を切った。


 少女に向けて放つ言葉は、とても優しい。姉妹なのだろうが、それにしては容姿があまりにも似ていない。


 義理の姉妹だろうか、と龍華はふと思った。



「フランちゃん、リンディアは今からリュカお兄ちゃんを案内しているところなの。他のみんなは?」


「カリナねえちゃまと、マリアンちゃんならお買い物に出かけてるよ!」


「そうだったのね。それじゃあ、フランちゃんはお茶の用意をお願いしてもいい?」


「うん、わかった! それじゃあにいちゃま! また後でね!」


「え? あ、あぁ……」



 パタパタと上機嫌で走り去っていく小さな背中を龍華は訝し気に見送った。


 フラン、とそう呼ばれた少女が視界から完全に消えた時。龍華はリンディアにとある一室へと通される。


 そこは来客者を迎えるための応接室で、設けられた長椅子に腰をそっと下ろす。


 その向こうではリンディアが同じように腰をかけて、にこりと優しい笑みを龍華に向けた。


“とりあえず、彼女が俺に敵になるという可能性はないだろう……”

“仮に敵対関係になったとしても、切り抜けられないことはないし”


 龍華はそう結論を下した。



「それじゃあ、改めて自己紹介をしますね――リンディアって言います。リンディアって気軽に呼んでほしい、かな」


「……改めて風祢龍華かざねりゅうかだ。呼び方は好きなように呼んでもらって構わない。それよりも、いい加減教えてくれないか? 君が言っていた、俺に迷惑をかけたっていうのはどういうことなんだ? それに、ここはいったいどこなんだ? 俺が知っている限りじゃあ、大陸のどこかとは思うんだが……」


「えっと、まずは――リンディアには後三人の姉妹がいるんです。さっき廊下で会った一つ年下のフランちゃん。三つ年上のカリナお姉ちゃん、そして五つ年上のマリアンお姉さま。ここ――【天使の箱舟】にリンディアたちは四人で住んでるんです」


「なるほど……ね。それじゃあリンディア。あー……俺のことをどうしてお兄ちゃんって呼ぶんだ?」


「それは、リンディア達がお星さまにお願いをしたからです……」


「お星さま?」


「うん!」



 龍華がそう尋ねると、リンディアは力強く首肯した。


 小さな唇をいっぱいに動かして、どんどん興奮した面持ちで言葉を紡いでいく。



「メルフィランドにはね、不思議な伝承があるの。空からお星さまが流れているのを見つけたら、願い事を消える前に言うと叶うの!」


「流れ星が消えるまでに願い事をすればってやつか。それはどこの国でも共通認識なんだな――でも、メルフィ……ランド。聞いたことのない国だな」



 龍華は沈思した。


 他国の情勢については、そう詳しくないとは彼自身がよく知っている。


 とは言え、まるで関心がないわけでもなければ知識が皆無と言うわけでもない。


 すべてとまでは言わずとも、ある程度のことであればそれなりには知識としてある。


 その知識の中にメルフィランドなる国は存在しない。


“俺が単純に知らないだけか……?”

“いや、それでも……”


 頭をうんうんと悩ませる龍華を他所に、リンディアが口火を切る。


 彼女の表情かおは相変わらず、嬉々としたままだ。



「――、それでね。リンディア、ずっとお兄ちゃんが欲しいなって思ってたの。どうかかっこよくて素敵なお兄ちゃんがほしいですって。そしたら、夢の中で一人の男の人が出てきたの」


「あー……その夢の中に出てきたって言うのが、俺なのか?」


「うん! 教会の中で一人佇んでいた、とてもかっこいい人。だからリンディア思ったの、この人がリンディアのお兄ちゃんだって! それで今日、メルフィランドの郊外にある廃教会に行ってみたら――」


「俺がそこにいたってわけか……」



 嬉しそうな顔をして首肯するリンディアを、龍華は優しく微笑んだ。


 だが程なくして、彼の顔には再び難色が示される。


 到底信じられない、というのが龍華の心情だった。


 流れ星に願い事をすれば叶う――この迷信は、老若男女問わず数多くの人間が知っているものだ。


 もし、たったこれだけで本当に願いが叶うのだとすれば全員が幸福の道を歩めていよう。


 未だかつて、そのような者が現れたという話を龍華は生まれてこの方耳にしたことがない。


 当たり前だ。何故ならそれは迷信で科学的根拠もなにもないのだから。


 だからこそ、リンディアの願いが叶いここ――メルフィランドにいるという事実が龍華は信じ難い。


 とにもかくにも、今はもっと情報がたくさんいる。龍華は懐より、それをスッと出した。



「……リュカお兄ちゃん。その箱はなんですか?」


「リンディアはスマホを知らないのか? 今時珍しい子供だな……」



 現代人にとって、スマートフォンはもはや日常風景と大差ない。


 幼い子供ですらも所持していて当然となった時代に、リンディアのような存在は極めて珍しいと言えよう。


 不可思議そうな顔をして、しかし彼の持つスマホに大変興味津々な様子なリンディアに、龍華は思わずくすりと忍び笑う。


 こうも強い関心を示されては、新鮮な気持ちにも自然となろう。


“電波は……だめか、県外で使い物になりそうにないな”

“そういえば、ここにくるまでに見た人たちもスマホを全然持ってなかった”

“それに、車も一台も走ってなかった……”

“まさか、俺は本当に……?”


 一つの仮説が龍華の脳裏にふとよぎった。


 ここに至るまでに、その仮説はずっと彼の脳裏でうずまいていた。


 それを未だ真実として捉えなかったのは、彼の中で現状があまりにも現実離れしすぎていたからに他ならない。


 確信を得るためには、まだもう少し情報がいる。



「ね、ねぇリュカお兄ちゃん! これはいったい……」



 早く教えてほしい、とそう言わんばかりで待機するリンディアに、龍華は静かに口火を切った。



「これはスマホって言ってだな。これを持っている者同士だと、どれだけ遠くにいても連絡ができたりすることができるんだ。調べものだってこれ一つさえあれば簡単にできる、優れた代物なんだぞ?」


「そんなものがあるんだ! すご~い! リュカお兄ちゃんが作ったんですか!?」


「いやいや、俺にそれだけの技術力はないよ。ちゃんとそれ専門の人がいるんだ――それはそうとして、リンディア。君は、葦ノ国って聞いたことがあるか?」


「アシノクニ……ううん、リンディア。聞いたことない……と思う」


「そうか。それじゃあ次――これは世界地図なんだけど、このメルフィランドっていうのはどこに位置するか教えてくれるか?」


「……えっと」



 小さな画面の中に映る世界地図を前に、リンディアの表情かおに困惑の感情いろが浮かんだ。


 画面を見据えたリンディアは、ふと何かを思い立ったように席を外す。


 しばしの沈黙が流れ、リンディアが戻ってきた。その手には退室する時まではなかった一枚の羊皮紙に、龍華ははて、と小首をひねる。



「それは?」

「これはメルフィランド周辺の地図です。それでこの一番大きな部分がメルフィランドで、周辺国は――」



 リンディアが地図を用いて説明する一方で、龍華の視線はどこかうつろである。


 それは彼の意識がすでに外界ではなく、内界にあることを意味していた。


“やはり、ここはどうやら俺が知っている世界じゃないな……”


 異世界――読んで字の如く、異なる世界のことを意味する。


 創作界隈においても、これはもはや別段珍しいものでもなんでもない。


 今や世にある数多くの作品は、異世界を題材としているものが極めて多い。


 かく言う龍華も、そうした世界に魅了された者の一人である。


“俺はつまり、違う世界……異世界になんらかの形で来てしまったってことか”

“そんなこと、本当に起こり得るのか?”

“世界を、次元を超越するほどの呪術なんてものは聞いたことがないぞ”


 しかし、実際は――異なる世界に龍華はいる。それがいくら足掻こうとも、決して覆せぬ現実だ。


 認めるしかないだろう、と龍華はそう結論を下した。

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