第8話:いざ、敵本陣へ

 古民家の奥を調べた龍華は、真っ先にそれを見つけた。


 遅れてやってきたリンディアとフランの顔色が瞬く間に、青白く染まっていく。


 おびただしい数の人骨が、無造作に転がっていた。


 真新しいものからそうでないものまで。それらが果たして何を意味するのかは、幼いフランでさえも理解するほど容易に想像がつこう。そしていささか、幼子にこの光景はあまりにも刺激が強すぎた。



「こ、これって……」


「うぅ……こ、怖いよぉリュカにいちゃま」


「…………」



 明らかに恐怖する二人を、龍華は黙って自らの傍に抱き寄せた。


 今更ながらに同行させるべきではなかった、とも後悔する。


 彼女らはテオドールの偉大な弟子である。実戦経験が浅くとも、いずれは国のために遅かれ早かれ魔物と対峙する日は問答無用でやってくる。【天使の箱舟】の一員であるからには、怖いからと逃げてよい理由にはならない。


 だが、いくら戦う術があろうと子供であることにはなんら変わりない。


 そのことをやはりもっと配慮するべきだったかもしれない、と龍華はすこぶる本気でそう思った。



「リュカお兄ちゃん……こ、この骨って……」


「……間違いないな。このあたりの骨はまだ比較的新しい。それに散らばってる装備を見ると、この骨が調査隊のものだろう」


「どうしてこんなことに……」


「とりあえず、俺たちがするべきことは決まったな――この村そのものの壊滅、それができなかったら脱出するための手立てを考える。結果としては前者が望ましいんだけど……まぁ、状況次第だな」



 古民家を出た。


 いつしか村には赤い霧がうっすらと立ち込めている。


 それが余計に不気味さを演出し、恐怖を助長する。


“とうとう本性を隠さなくしてきたな”

“あの店主が言ってた新しい食材っていうのは、俺たちのことらしいな……”



「……喰われてたまるものかよ」


「リュカお兄ちゃん、リンディアたちはこれからどうしたらいいの?」


「――作戦ならある。というか、現状それが一番だろうな」


「それってどんなの!?」


「よしっ。それじゃあ二人とも、今から作戦を伝えるから耳を貸してくれ――」



 龍華はリンディアたちにそっと耳打ちした。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 村の広場に龍華が赴けば、とうに夜を迎えたにも関わらず多くの村人の姿があった。


 皆の視線はうつろで、一様におぼつかない足取りでふらふらと徘徊しては時折、地獄の亡者じみたうめき声をあげる。


 ここが地獄である、とそう形容したとしてもなんら違和感もあるまい。


 そんな中で龍華は、〈金鶯の笛きんおうのふえ〉を構えた。



「――、さてと。それじゃあ……リンディアにフラン、しっかりと頼むぞ」



 美しい笛の音色が静寂を切る。


 すると村人たちの視線が一斉に龍華へと向いた。


 うめき声を絶えず上げる彼らであるが、さっきまで虚ろだった瞳に鋭さが帯びた。


 それは獲物にその鋭い牙を突き立てんとする猛獣のようだ。


 今の龍華は格好の餌に等しい。新鮮なのはもちろん、特に彼の容姿は豊麗焔郎ほうれいえんろう――女性のように美しく、燃え盛る焔のごとき猛き者の意――と周囲から謳われるほど。


 餌としては彼ほどの上物はないと断言しても決して過言ではない。


 凶暴と化した村人が強襲する中で、龍華は戦律を奏でる。


 せわしなく縦横無尽に行き交う爪や拳がひらりと軽やかにかわし、時には力強い蹴りや龍笛による殴打をしながらも、龍笛が演奏をやめることだけは決してなかった。


 その時、一陣の強い風が吹いた。


 その風は絶対零度のごとき冷たさを帯び、そして肌に打ち付ける力はさながら葦太刀のようにとても鋭い。



「リュカお兄ちゃんに近寄らないで!」



 リンディアの風の魔法が、村人……もとい、かつてそうであった者達を容赦なく切り裂いていく。真空刃と一般的に呼称されるそれは、悪意ある者に対してのみ容赦なく猛威を振るう。



「フ、フランだって負けないんだもん……!」



 そう叫んだ幼き少女が、そのかわいらしい杖を一度操れば、辺りにはたちまち光の矢が雨となって降り注ぐ。眩い白き閃光は怪異には特に有効的であるらしく、彼らの肉体はたちまちずぶずぶと蒸発音をあげると共に溶けていった。


 龍華の作戦は、極めて単純なものだった。


 それは自らが標的となり、敵手の意識を一つに集中させリンディアとフランがそれらを一掃するというもの。龍華が現在も奏でる戦律は、不浄なる者の意識を惹きつけるというもの。


 俗にいう悪霊や死霊、と呼称される彼らの行動原理は生への執着だ。死してもなお、強く生きたいと思うその気持ちが、彼らを凶行へと駆り立てる。


 つまりその気持ちをあえて刺激することで、龍華は意識を強制的に己へと向けさせたのだ。


 こうすることで少なくとも彼女らに実害が及ぶ危険性を極力遠ざけることができる。


 後は、安全圏からの攻撃で敵を一掃する。これが龍華の作戦だった。


 もっとも、この作戦には自らを危険に晒すというデメリットがどうしても付きまとう。


 加えて演奏中にしか効力を発揮しないという前提条件から、龍華にはとにもかくにも集中力が要せられる。敵の攻撃をかわし、ひたすらに戦律を奏でる――一歩誤れば瞬く間に、すべてが水泡に帰す状況は、およそ十数分に渡り続いた。



「――、どうにか終わったな……」



 【金鶯の笛きんおうのふえ】がその美しい音色をやめた時、龍華は力なくその場にてどかり、と座り込んだ。そこへ慌ただしく駆け付ける二人の少女の顔は、今にも泣きそうな顔をしている。



「リュカお兄ちゃん! 大丈夫ですか!?」


「リュカにいちゃま、死んじゃやだよぉ……!」


「いや、死んでないから。というか一発も喰らってないから」



 勝手に死ぬことにしないでもらいたい、と龍華はそんな二人に苦笑いを返した。


 結論から言って、彼の策は功を成した。


 三人の生者を除き、活動をしている者は周囲には一人もおらず。


 赤い霧が漂う村はしんとした静寂に支配されて、しかし未だ不気味な雰囲気は拭えず。


 それが龍華に、まだ解決していないと誰よりも告げていた。



「でも、この村の人たちはどうしてこんなことに……」



 リンディアが悲痛な面持ちを向けた先、いくつもの死体が無造作に転がっている。


 元より彼らは、最初から生きてなどいなかった。


 人間としての生命活動は、とうの前に終わりを告げており、ここにあるのは人を演じていた何かにすぎない。むろん、これらは自然の成り行きによって発生されたものではない。その証拠を目撃した龍華の視線は、いつになく訝し気なものだった。



「――、さてと。それじゃあ後は元凶を叩くだけだな」


「え? まだ終わってないんですか?」



 途端に、リンディアの端正な顔が恐怖で引きつった。



「見ろ。この死体のすべてのうなじの部分に、変な鋲が刺さっているだろ? はじめて視る術式だけど、でもだいだいどういった効果なのかは想像がつく。多分、こいつで死体を操っていたんだ」


「死体を操る……じゃあ、ネクロマンサーの仕業ってことですか?」


「死霊を操ることに長けたってことだけは間違いないだろうな。そしてそいつは今もこの村のどこかにいるはずだ。それは、多分……」


 龍華の鋭い眼光が向いたのは、村の中で一番大きな屋敷だった。



“こういうのは、だいだい大きな建物にボスがいるってもんだ”

“村長が死霊使いなのか、あるいは外からやってきた何者かの仕業か”

“いずれにしても、ここで叩いておかないと駄目そうだな”


 龍華がそのような判断を下したのは、村と外を隔てる門が開かないからに他ならない。



「――、一旦出て体制を立て直すって作戦はできそうにないな。どうやら奴さん、俺達をどうあってもここから逃がさない気らしい」


「そんな……!」


「じゃあ、フランはずっとこの村から出られないの……?」


「いや、大本を叩けば出られる。その証拠に、ほら。門に変な模様が浮かび上がってるだろ? 結界の類だな――こいつを解くのは、さすがに術式を理解してないとできないし、無理矢理こじ開けるにしても、どんな罠があるかもわからない。だから――」



 すべての元凶がいるであろう屋敷へと、龍華は果敢に乗り込んだ。

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どうも、私が妹たちが考えたサイキョーのお兄ちゃん……らしいです~とりあえずかわいい妹のために全力でお兄ちゃんを遂行します!~ 龍威ユウ @yaibatosaya7895123

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