「あなたは誰?」死者を見送る人が落ちていく、自分の存在が揺らぐ恐怖体験

毎日のように顔を合わせていた同僚から「あなたは誰?」と問われたら。
日常風景に潜む謎の空間に『落ちる』体験と、周囲の人から自分を忘れられていく恐怖を描くホラー作品です。

本作では、常識が覆される出来事が繰り返し起こります。
当たり前の秩序を揺さぶるような、日常の狭間の『リミナルスペース』の狂った描写が秀逸。文面から視覚的にゾッとする表現もあり、小説でホラーを読む醍醐味を感じました。
見慣れた場所が怖いということ。その異常さ。更にはそこに潜む異形のナニカ……

主人公・陣の職業は葬儀屋。日頃から死者を見送る立場の人です。
彼が『リミナルスペース』から戻ってくるたびに、現実に変化が訪れます。
幽霊が見えるようになったり、知人から名前を忘れられ、周囲の人々から存在自体を認識されなくなったり。
まるで、彼自身が死者に近づいていくような。

『落ちる』ほどに現実での存在が薄れ、一方で記憶の欠落が明確になっていきます。
ナニカを忘れている。
それが明らかになった時、これまでの恐怖を覆すほどの感動を覚えました。

弔いとは、遺された者のためにあるものだと感じます。
死者との「正しい」別れは、これからを生きる者が前へと進むために必要なものに違いありません。

約10万字、あっという間でありながら読み応えがあり、読了後の満足感がすごいです。
本当に素晴らしい作品でした。もっと多くの人に読まれますように!

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