4 便利な調理器具

『出品者さんの商品は素晴らしいです。今日も包丁と鍋を使って、シチューを作りました』


 そう再返信を書いたあと、俺は結局すべて消去する。


「調理器具の秘密を聞き出すために、出品者とまず信頼関係を築く」という作戦を立てた。しかし、もうそれを実行する気はなくなっていた。


『気に入っていただけたようで何よりです』


 俺の打算的なお礼の言葉に対して、出品者はそう答えた。


 その一言で、せせこましいことを考えていた自分が、急に恥ずかしく思えてきたのである。


 出品者の正体なんてどうでもいい。便利な道具を格安で売ってくれる親切な人。それでいいじゃないか。俺はそう考えるようになっていた。だから、それ以来、質問のメールを送るのはやめにした。


 ただ、単なるお世辞だけで、出品者の商品を褒めたわけではなかった。便利だと感じていたのは本心だったのである。そのため、出品のチェックについてはその後も欠かさず行っていた。


 次に出品された商品は、『便利なタッパー』だった。


 このタッパーで味付け卵を作ると、すぐに味が染みる……ということではないらしい。説明にも、『のが楽になる便利なタッパーです』とあった。


 試しに生野菜を入れてみたところ、数日経っても傷むどころしなびることすらなかった。どうもタッパーが中のものの時間を止めているらしい。実験を重ねたところ、氷は溶けないまま、お湯は冷めないままになることが分かった。


 一人暮らしだと食べきるまでに日数がかかって、料理を腐らせてしまうことがあるから、ほぼ永遠に保存できるようになるのはありがたい。それに、保管場所を選ばないので、冷蔵庫の中を圧迫することがない点もいい。


 唯一の欠点は、個数が一つしかなかったことだろう。普通のタッパーでもいくつも使うくらい便利なのに、『便利なタッパー』が一つだけというのは少な過ぎる。


 その次の商品は、『便利なまな板』だった。


 これは使ってみてすぐに効果が分かった。食材を切った時に出る肉汁や血などの汚れを、まな板が吸収してくれたのだ。


 肉や魚の雑菌が、まな板を通じて生食用の野菜に付着することによって、食中毒が起こる場合がある。そのため、本来はまな板を複数用意したり、切るたびに洗ったりしなくてはいけないのだが、『便利なまな板』を使えばそういう手間を省けることになる。


 また、『便利なペティナイフ』という商品が出品されたこともあった。


 これはもっと分かりやすかった。最初に切る手本を見せたら、あとはナイフが勝手に続きをやってくれた。つまり、『便利な包丁』とまったく同じ性質のものだったのである。


 一応、一般論としては、小さな食材を切る時は、包丁よりもナイフの方が向いているらしい。半自動でやってくれる『便利なペティナイフ』にも、その理屈が当てはまるのかは怪しいところだが……


 その他にも、『便利なおたま』、『便利な計量カップ』、『便利なピーラー』など、例の出品者が出品するたびに、俺はそれを購入していった。


 こんな便利なものを、自分一人が独占するのも悪い気がして、買うのを控えようとしたこともある。しかし、説明が素っ気なさ過ぎたり、価格が安過ぎたりして怪しいせいか、出品から随分経っても購入する客が出てこない。それで結局、俺が買うことにしたのだった。


『今回の「便利なフライ返し」も役に立ちました。ありがとうございました』


 素性について尋ねるのはやめたが、お礼を言うのはその後も続けていた。途中でやめるのは失礼な気がしたし、何より出品者には本当に感謝していたからである。


 また、相手も俺が購入するのを喜んでいるらしかった。


『こちらこそ、毎度ありがとうございます』


 そんな風に、欠かさず返事が送られてきたのである。


 こうして、俺のキッチンは、便利な調理器具でいっぱいになった。


 その上、今日はまた新しく器具が増えそうだった。


『便利なフライパン』という商品が出品されていたのだ。


 例のごとく、出品者の説明は『焼くのが楽になる便利なフライパンです』と簡素なものだった。


『便利な鍋』と同じで、食材にすぐ火が通るということだろうか。それとも、クッキングシートを敷かなくても焦げつかないということだろうか。


 何にせよ、例の出品者の商品なのだから、何か料理に役立つ力があるのは間違いない。買って損はしないだろう。


『便利なフライパン』が届くと、早速検証に取りかかる。今日のために、野菜の豚肉巻きの材料を揃えておいたのだ。


 まずは巻きやすい大きさにニンジンを切る。一切れだけ拍子木切りにすると、俺は『便利な包丁』を置いた。


 それから、ティッシュを取りにリビングへと走る。料理に慣れたことで油断していたようで、うっかり指を切ってしまったのだ。


 切れ味がいいせいか、思ったより負った傷は深かったらしい。なかなか止まらない血を見て、俺は思わず青くなる。


 だが、直後に、あることに気づいてさらに青ざめていた。


『便利な包丁』は、


 それは食材に限らず、人体に対しても同様なのではないだろうか。


 ちょうどそのことに気づいた時、キッチンからかたりと何かが動くような音が聞こえてきた。




(了)

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便利な便利な調理器具 蟹場たらば @kanibataraba

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