3 便利な鍋

『煮るのが楽になる便利な鍋です』


『便利な鍋』のページには、そんな説明が書かれていた。


 以前の『便利な包丁』の時は、確か『切るのが楽になる便利な包丁です』だった。ほぼ同じ文面である。


 となると、包丁と同じで、鍋にも不思議な力があるのだろうか。


 鍋ならもう部屋にある。だが、料理の手間を省けるなら、新しく買い直す意味はあるだろう。幸い、価格も包丁の時と同じくかなり安かった。


 それに、この出品者の商品が増えれば、彼/彼女の正体を掴めるかもしれない。


 ほとんど迷うことなく、俺は購入画面へと進んでいた。


 どんな力があるのか確かめるには、おそらく実際に使ってみる必要があるだろう。『便利な鍋』が届くと、それでカレーを作ることにする。


『便利な包丁』の方はもう使い慣れたものだった。ニンジンやジャガイモを少しだけ切って見本を見せると、あとは包丁に自動で切ってもらった。


 いよいよ『便利な鍋』の出番である。鍋を使って、具材を炒めていく。


 一体、今度はどう便利なのか。包丁と同じように、最初に見本を見せたら、自動で具材をかき混ぜてくれるということだろうか。そう考えて、俺はあえて鍋から離れてみた。


 けれど、鍋やその中の具材はまったく動く気配がなかった。冷静に考えてみれば、混ぜるのはへらやおたまの役目だから当然かもしれないが。


 肉に火が通り、タマネギがしんなりしてきたあたりで、鍋に水を入れて煮込む。すると、灰汁あくが出てくるので、それをおたまですくって捨てる。


 ただ『便利な鍋』を使うと、灰汁がまったくと言っていいほど出なかった。「煮るのが楽になる」とは、このことを指していたのだ。……という展開を想像したが、これもはずれだった。ますます謎である。


 ニンジンが柔らかくなったら、市販のカレールウを入れる。ルウが溶け切ったあとも、とろみが出るまでしばらくの間煮込み続ける。


 異変が起こったのは、この時だった。


 ジャガイモが溶けて、なくなってしまったのである。


 火加減が強過ぎたのか。ジャガイモを小さく切り過ぎたのか。普段なら、料理初心者の自分のミスを疑うところだろう。


 だが、今日は『便利な鍋』を使っていた。原因はそこにあるに違いない。


 カレーを普通の鍋に移し替えて、俺は仮説の検証に取りかかる。


 実験に選んだ料理は、ゆで卵だった。


 レシピサイトによれば、冷蔵庫から出したての卵を熱湯に入れてゆでた場合、およそ8分で半熟、12分で中心まで火が通った完全な固ゆでになるという。


 しかし、8分のゆで卵を作ったはずなのに、切ってみると完全な固ゆでになっていた。


 また、4分でやってみると、今度は早くも半熟になっていた。


 どうやら『便利な鍋』は、食材に火を通す時間が半分になる鍋だったようだ。


 検証後、ゆで卵をトッピングしたカレーを食べながら、俺は次に鍋の活用法について考え始める。


 豚の角煮や煮込みハンバーグにも興味はあったが、これまでは敬遠してきた。煮込み料理は時間がかかるし、それに比例して光熱費もかかるからだ。しかし、『便利な鍋』を使えば、その問題を解決することができるだろう。


 料理が楽になるだけでなく、節約にも繋がる。また一つ便利な調理器具が手に入ったことに、思わず口元が緩んでしまう。


 だからこそ、俺は余計に出品者の正体が気になりだしていた。


 包丁に続いて、鍋にも不思議な力があったのだ。まさか偶然ということはないだろう。魔法なのか未知の科学技術なのか分からないが、出品者が調理器具に何かをしているのは明らかである。


 そこで俺は、改めてメールを送った。


『便利な鍋というのは、煮る時間を短縮できる鍋という意味ですか?』


 数日待ったが、今回も返信はなかった。


 もっとも、予想通りの結果ではある。俺はめげずに何通も送ってみることにした。


『どうやってこんな調理器具を調達しているのでしょうか?』


『あなたには何か人とは違う力があるのですか?』


『あなたは一体何者ですか?』


 こちらが同じような行動を取っているせいか、相手からの反応も同じままだった。つまり、メールは一度も返ってこなかったのである。


 だから、俺はアプローチを変えることにした。


『包丁も鍋も本当に便利で助かっています。ありがとうございました』


 親しくなって自分のことを信用してもらえば、話を聞き出せるかもしれない。そのために、出品者が求めていそうな言葉を掛けてやろう。そう目論んだのである。


 もっとも、「助かっている」という感想は決して嘘ではなかったが……


 送信直後にも、スマホがメールの受信を知らせてきた。


『気に入っていただけたようで何よりです』

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