2 謎の出品者

 一度自分で食材を切って、『便利な包丁』に切り方の見本を見せる。それから手を離せば、あとは包丁が同じように切ってくれる。


 あれから何度か検証してみたが、俺のこの推測は間違っていなかったようだった。


 大根の端だけイチョウ切りにすれば、残りもイチョウ切りにしてくれる。キャベツの端だけ千切りにすれば、残りも千切りにしてくれる。


 特に便利さを感じるのは、タマネギを切る時だった。ひとかけらでもやれば全部みじん切りにしてくれるおかげで、いちいち涙を流さなくて済むからだ。


 ただ欲を言えば、もっと自動化を進めて、最初の見本を見せる工程すら省きたかった。たとえば、「タマネギをみじん切りにしろ」と、口で言うだけでやってくれるようにしたかった。


 しかし、そこまで融通が利くわけではないらしい。タマネギを切りながら「これがみじん切りだ」と教えてみたり、「前にやったように切ってくれ」と言ってみたり、あれこれ実験してみたもののすべて失敗に終わっていた。


 そのせいで、どうも詰めが甘いというか、痒い所に手が届かないというか、中途半端な感は否めない。もっとも、そんな風に感じるのは、俺が自炊しないどころか、包丁をなくすくらいの無精者なせいかもしれないが。


 ともあれ、これで『便利な包丁』にどんな力があるのかは、おおよそ解明できたと言っていいだろう。


 だから次は、どうしてこんな力があるのかが気になり始めた。


 俺が知らないだけで、そういう新技術があるのかもしれないと、まずは一応ネットで調べてみた。けれど、検索に引っかかるのは、電動ナイフや自動包丁研ぎ機のページばかりだった。


 分かってはいたが、やはり科学技術によるものではない。となると、オカルト的な何かなのだろうか。


 出品者の正体は、実は魔法使いだった。彼(彼女?)は魔女狩りに遭わないように、こっそりと魔法をかけた便利な道具を分け与えてくれているのだ。


 いや、出品者は本当は宇宙人なのだ。高度な技術を未開惑星にバラまいて、原住民の反応を観察しているに違いない。


 ……こんな妄想でいいなら、未来人の仕業だの、地底人の仕業だの、いくらでも候補を挙げられるだろう。何も考えていないのと大して変わらない。


 そのことに気づいて、俺もついに決心を固めた。


 出品者に連絡を取ることにしたのだ。


『あの包丁を使っている時に、不思議なことが起きた経験はありませんか?』


 フリマアプリから、そんな内容のメールを送る。


 本人に直接尋ねれば手っ取り早いことくらい、俺だって分かってはいた。けれど、相手がこちらに好意的とは限らない。下手なことをしたら、魔法使い?宇宙人?から、報復を受ける恐れもある。そのせいで、なかなか踏ん切りがつかなかったのだ。


 しかし、俺の不安は、ただの杞憂に終わった。


 そもそも返信が来なかったのだ。


 三日経っても、一週間経っても、やはり出品者からのメールはない。まして、俺のところに直接乗り込んでくるようなこともない。


 だから、俺は追加で質問をすることにした。


『包丁が動いて食材を勝手に切ってくれました。何かご存じありませんか?』


 念のため、今回も一週間待ってみた。だが、やはり返信はなかった。


 それからも、俺は何度もメールを送り続けた。


『「便利な包丁」という名前は、そういう意味でつけたのではありませんか?』


『この包丁が動くのは、あなたが何かをしたからですか?』


『あなたの正体は魔法使いですか?』


 けれど、一度たりとも返信が来ることはなかった。


 こうなると、別の考えが頭に浮かんでくる。俺はてっきり、出品者が自分の意思で『便利な包丁』を作ったものだと思い込んでいた。しかし、実はそうではないのかもしれない。


『便利な包丁』は付喪神つくもがみ(物に魂が宿った妖怪)だとか、超古代文明の失われた技術ロストテクノロジーだとかで、出品者はそれを偶然手に入れただけなのではないか。


『あなたは包丁が勝手に動くことを知りませんでしたか?』


 このメールに対して、相手は――


 今度も何の反応も示さなかった。


 もしかすると、この出品者はそもそもメールをチェックしていない、あるいはチェックできない状態なのだろうか。


 それとも、「包丁が勝手に動いた」と言い出した俺を異常者だと見なして、関わらないようにしているのだろうか。


 次のメールでは、そのあたりについて確認してみるか……


 俺がそう考え始めた頃のことだった。ずっと沈黙を保っていた出品者に、初めて動きがあった。


 ただし、俺のメールに返信してきたわけではなかった。


 フリマアプリに新しい商品を出品したのである。


 今回の商品は、『便利な鍋』だった。

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