最終話 星空の向こうに
今日は七夕だ。母さんとおとぎの国に行った日から月の暦を三枚ほどめくると、ホスピスの夜空に天の川をはさんで織姫と彦星が向かい合っていた。すると、そこには驚くべき光景が広がっていた。
母さんがこよなく愛したルピナスの花が、まるで銀河に届くかのように、空高く伸びていた。その茎はまっすぐに力強く、星々に向かって突き進んでいた。それはまるで、母さんと父さんが私たちに贈ってくれた花火のようだった。私は涙があふれてきた。
それは悲しみの涙ではなく、感謝と喜びの涙だった。私は夫と娘に手を取られて、幸せを感じた。そして、両親がこの場所を終の棲家として選んだ理由にたどり着いた。
七夕の夜明け前に、母さんは旅立ってしまった。私は、八ヶ岳のもえぎの里が、銀河を駆け巡る方舟の出発する駅だったことを忘れていた。
母さんは家族に見守られ、心の揺らぎも見せず、「ありがとう」とほんの小さな声で言葉を残した。そして穏やかな笑顔のまま舟に乗り、飛び立つ鳥のように自由に、そして力強く、銀河の国へと旅立っていった。その鳥は、母さんの魂が新たな旅へと進む道しるべとなり、彼女が選んだ道を照らしていた。
織姫はこと座の一等星ベガ、彦星は鷲座の一等星アルタイルだ。このふたつの星にもうひとつ、天の川に輝く白鳥座の一等星デネブを加えれば、〝夏星の大三角形〟ができあがる。この美しい星々は、母さんが大好きなものだった。
目を閉じると、母さんの笑顔が思い浮かんだ。きっと、今ごろは父さんと手をつないで白鳥座に向かって天の川の架け橋を渡っているのだと信じていた。
一階ロビーのパイプオルガンのそばには七夕飾りが置かれていた。母さんの折り紙に目が留まった。そこには「星に願いてありがとう」とひとことが綴られていた。
窓の外から、彼女が好きだったパッヘルベルのカノンの名曲が耳に届いてきた。もしかしたら、カササギがおくりびととなり、奏でてくれたのかもしれない。
母さんのベッド脇には、家族全員がメリーゴーランドで戯れて満面の笑みを浮かべる写真が、父さんのフォトフレームと一緒に残されていた。
「母さんは、幸せだったんだろうね……」
私はつぶやいた。彼女と楽しんだ日々がメリーゴーランドに乗っているように蘇って、心は切ないけど嬉しい気持ちでいっぱいになった。母さんは、私たちにとって最高の母親だった。私は夫や優奈と一緒に、涙をこらえて、ずっと星を見上げていた。
母さん、本当にありがとう。そして、さようなら。
母さんの旅が、愛と平和に満ちたものでありますように。そう心の中で祈っていた。
〈 完 〉
~星めぐる方舟の奇跡~「母さんの心の故郷」 神崎 小太郎 @yoshi1449
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