第3話 色づく世界を君と二人で──


 ***



「本当に最低! 今日まで拘束しておいてここまで運んだら『はいさようなら』って……」


 『ふざけるなぁ!』と透き通るような青く長い髪の少女が叫ぶ。ここは街から川を挟んだ対岸の先の草原。今にもH.I.S.ヒスが現れるのではないかというほどに黒い霧が溢れる。


「ご丁寧に監視用のカメラまで飛ばしちゃってさぁ……どこに逃げるって言うの? 街に戻ったら処刑でしょ? H.I.S.ヒスと戦ったら死ぬでしょ? 他の場所に逃げたところで……」


 今現在、人類はこの少女が守ろうとしている街にしかいない。他は全て滅んだ。戦っても逃げても待っているのは……


 死。


「まあでも……私が頑張って時間を稼げばあの戦士グレイスの子達は生き残れる可能性が高くなるんだよね……軍部の奴らが生き残るのはムカつくけど……」


 『やるしかない!』と拳を握ったところで、黒い霧の中から次々とH.I.S.ヒスが溢れ出す。人間の皮を剥いだような見た目に複眼。現れたH.I.S.ヒス達が人間の真似だろうか、口々に『こんにちは』『私です』『明日は晴れです』と、意味不明な単語を口走る。


「あぁ……来ちゃったよ……一度くらいは恋したかったなぁ……」


 自分は恋も知らずに死んでいくのかと、少女の目が潤む。


「……もう! 本当に最低! やってやる……やってやるわよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 少女の体が淡く光る。この光──神の恩寵を身に纏った状態でなら、H.I.S.ヒスのシールドを粉砕することが出来る。神の恩寵によって身体能力も上がり、H.I.S.ヒスの攻撃を躱す事だって出来る。だが少女は支援系の戦士グレイス。自分で戦う術を持たない少女に出来ることは──


「そこ……だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 時間稼ぎのヒット&アウェイ。倒すことは無理だが、体力が続く限りは時間を稼ぐことが出来る。それで戦士グレイスの子達が生き残る可能性が少しでも上がるならば──


 群がるH.I.S.ヒスの攻撃を躱し、殴りつけ、また躱す。その間もH.I.S.ヒス達が『二番目が好き』『忘れ物です』『前髪が邪魔です』と不気味に呟く。


 必死に躱した。


 必死に殴った。


 だが終わりは唐突に訪れる。


 ゴギンッと、H.I.S.ヒスが無秩序に振るった腕が少女に直撃し、勢いよく地面を転げる。おそらく鎖骨が折れた。あまりの衝撃に脳が揺れ、景色が回る。


 痛みで意識が朦朧とする。ふらふらと立ち上がった少女の目の前に、四足歩行タイプのH.I.S.ヒスが近付いて複眼の顔で覗き込み、『今日は大安です』と言葉を発した。


 少女はこの後の展開を知っている。H.I.S.ヒスは人間を。ゆっくりと、じっくりと壊す。恐怖で体が震える。自身に訪れるであろう苦痛を想像し、涙が溢れる。



 ***



 ウッドレイの視線の先、四足歩行タイプのH.I.S.ヒスに見つめられ、涙を流す少女の姿。H.I.S.ヒスの姿は朧気で世界の色と形も曖昧だ。


 だが少女だけは……


 リーメイと同じ顔、同じ髪色の少女だけは……


 鮮やかに色づいて形を成している。


「こっちだ化け物めぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


 頬は痩せこけ、白髪混じりの髪はボサボサで……


 あれほど逞しかった身体も痩せ細り……


 頼りないほどに頼りないウッドレイが叫ぶ。


 そんなウッドレイの叫びに反応するH.I.S.ヒスと少女。


「え……? なんで……? なんで来たのウッドレイ……?」


 少女の目から大粒の涙が零れる。怖かった。痛かった。死にたくなかった。目の前のウッドレイは頼りないほどに頼りないが……


 それでも涙が溢れる。


「なんで来たかって……? それは……それは!!」


 『君が色づいているからだ!』とウッドレイが叫び、体が眩い光に包まれる。首から下げたネックレスも紅蓮の炎のように真っ赤に輝き──


「……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 ドパンッと轟音が轟くと共にウッドレイの姿が消え、少女の目の前にいたH.I.S.ヒスが消し飛ぶ。凄まじい程の身体強化。限界を突破した速度による不可視の攻撃。あまりの速度で目にも止まらないが、ウッドレイが通った軌道には──


 ネックレスの赤く輝く紅蓮の軌跡が残像のように残る。


「大丈夫……だった……?」


 少女に投げかけられる、ウッドレイの優しい声。


「うぅ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 少女が堰を切ったように泣き出し、ウッドレイに抱きつく。


「この場を切り抜けたとしても未来はないだろうけど……今この瞬間だけでも君を守るよ」

「わ、私に……出来ること……ある……?」

「君の……君のネックレスを僕にくれないか?」

「ネックレス……? あぁ……リーメイさんの……か」


 そう言って少女がウッドレイにネックレスを渡す。


「僕は……僕の力は……あまりにも強すぎて普通に発動すると筋肉が断裂してまともに動けないんだ……」


 『でも』と言って、ウッドレイが自身のネックレスと少女が渡したネックレスを手に持って掲げる。するとウッドレイが元から持っていたネックレスの宝石がパキンッと音を立てて砕けた。


「リーメイの恩寵を宿した宝石があれば……僕は自分の力を制御できる。だけど宝石も僕の力に耐えられなくてそのうち壊れるんだけどね」

「リーメイさんの……大事な……形見……」

「うん。僕のはすでに一度使っていたからすぐに壊れたけど……君に貰ったこの新しい宝石ならここにいるH.I.S.ヒスを倒す時間くらいはあるさ」

「壊れちゃって……いいの……?」

「思い出は……」


 『僕の中で輝いている!』とウッドレイが叫び、宝石を握る手に力を込める。宝石は紅蓮の炎のように真っ赤に光り輝き──


「君はここで待ってて。すぐに終わらせるから……」


 ズガンッとウッドレイが地面を蹴りつけると同時、紅蓮の軌跡が宙に舞う。軌跡は群がるH.I.S.ヒス達を悉く消し飛ばし──


「くそ……だめだ……数が多すぎる……このままだと先に宝石が砕け──」


 H.I.S.ヒスの大侵攻。それは圧倒的な数の暴力による徹底的な蹂躙。力ではウッドレイが上だが、圧倒的に時間が足りない。前回の作戦でも時間が足りず、失敗した。少女から貰ったネックレスの宝石に、ビキビキとヒビが入る。『僕はまた誰も守れないのか』と、歯を食いしばるウッドレイの耳に、少女のとても綺麗な歌声が届く。


 それと同時、少女から貰ったネックレスの宝石が砕け散る。だが宝石の燃え盛るような赤い輝きだけは美しく煌めいて残り、ウッドレイの体に力が漲る。限界を突破した速度はさらに限界を突破し、紅蓮の軌跡が踊るように宙を舞う。


 美しい歌声に宙を舞う紅蓮の軌跡──


 それはとても幻想的な光景で──


 残るH.I.S.ヒスを刹那で屠る──



 ***



「くはっ……はぁ……はっ……」


 力を使い果たしたウッドレイが地面に落下し、倒れ込む。


 そこへ向かって駆けて来る、透き通るような青く長い髪の少女。


「そういえば君は支援系だったね。でも僕の力に耐えられるほどの力なんて……やっぱり君は……」

「もう! さっきから『君』『君』って……私の……私の名前は……」


 風が吹き、少女の透き通るような青く長い髪が宙を泳ぐ。


「私の名前はメイリー。名前……リーメイと似てるね?」 


 そう言って微笑んだ少女の周りが……


 キラキラと輝いて色づいていった──


 






最後までお付き合い頂き、誠にありがとうございます。

自分なりのボーイミーツガールを表現してみましたが、いかがだったでしょうか?

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また何かしらの作品でお会いできたら幸いです。


鋏池穏美


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【短縮版】思い出は宝石のように輝いて、砂上の楼閣のように脆く儚い。そして君が歌い、世界は色付く。 鋏池 穏美 @tukaike

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