第2話 灰色の世界と青い髪の少女
***
「まったく。私を困らせないで貰ってもいいですか? 最後くらい役に立って死んでください」
冷たい鉄格子に閉ざされた檻の前、軍服を着た男が透き通るような青く長い髪の少女に吐き捨てるように言う。
「ほら! 今
「もしかしたら奇跡が起きるかもしれないでしょう? 奇跡的にあなたが
「ば、ばかなこと言わないでよ! 支援系の私がどうやって
『だからこその奇跡ですよ』と、軍服の男がニヤニヤと笑う。
「し、知ってるんだから! あなた達はまだ幼い
「ああ……知っていたんですか? もしかして……紛失した書類はあなたが?」
「クズ! 最低! 立て直せるならわたしが死ななくてもいいじゃない!」
「くく……あなただけじゃないですよ?
『いずれ
「そ、そうだ! 紅蓮の軌跡のウッドレイ! まだ生きてるんでしょ? さ、探そ! ウッドレイなら
少女が鉄格子を掴んで必死に訴えている途中で、軍服の男の人差し指が少女の唇に触れる。驚いた少女が後ろに飛び退き、唇をワンピースの袖で拭う。
「あんまり騒がないで貰えます? 私ぃ……若い女の甲高い声が苦手なんですよ。それにですね、ウッドレイならあなたも昼に会ってますよ?」
「え……?」
「逃げている途中でゴミ捨て場を漁っている小汚い男がいませんでした? あのゴミみたいな男がウッドレイです。もはやなんの価値もない便所の糞以下の汚物ですがね」
『あの人が……』と、少女が昼に会った白髪混じりの男のことを思い出す。とても英雄だとは思えない、ボロボロの服を着たみすぼらしい男。聞いた話では自分より三つほど年上なだけのはずだが、正直それよりももっともっと上……老人のように見えた。
「彼はもう使いものになりません。いちおう
「なんで……あんなになっちゃったの?」
「さあ? 前回の作戦失敗で心が折れたんじゃないですかぁ?」
「それであんなになる? 私が知っているウッドレイは──」
少女が知るウッドレイ──それは精悍な顔つきの逞しい男性。黒々しい髪に鍛え上げられた体。それが前回の作戦失敗からの半年であれほど変わるものだろうか。
「……まあですが……これを見せたからかもしれませんね?」
軍服の男はそう言うと、少女に
その映像はあまりにも衝撃的だった。孤児院だろうか、襲い来る
女性はたった一人で
直視出来ない光景が繰り広げられる。壊されていく中でも女性は子供達を気にかけ、懸命に時間を稼いでいた。最後は『ウッドレイ』と叫び……
「うぅ……こんなの酷すぎる……でも……この女の人……」
少女は映像を見て、二つの意味で驚いていた。一つはあまりにも惨たらしい女性の死に様に。そしてもう一つは……
「言いましたよね? あなたは我々軍部が作り出した個体だと。この肉塊があなたのオリジナルですよ?」
軍服の男はそう言うと、映像の
「名前……は……?」
「リーメイです。ですが失敗でしたね……リーメイも支援系だった。やはり支援系からは支援系しか作り出せない」
「え……? リーメイって確かあの人が言ってた……」
「そうです。リーメイはウッドレイの恋人です。あなたの首から下げているネックレスはリーメイの遺品……ですよ?」
軍服の男にそう言われた少女が、白いワンピースの内側に隠れて見えなかったネックレスを引っ張り出す。
***
三日後──
「いちだんと黒い霧が濃くなったなぁ。今日で人類は滅びるんだろうが……あんたは悔いはないのかい?」
五番街からほど近い河川敷の小屋。対岸には黒い霧が溢れ、今にも
「悔い……しかない……あの日……僕が考え無しに突っ込まなければみんなは……リーメイは……」
半年前の
壊れた。
「あんたの口からたまに出るリーメイってのは恋人かなにかだったのかい?」
「ああ……僕の愛した女性……だ……僕がみんなを……子供達を……仲間を……全員殺したようなものなんだ……」
そう言ってウッドレイが赤い宝石のネックレスを握る。
「そのネックレス……形見かい?」
「リーメイは……孤児院で働きながら宝石細工もやっていたんだ……これが……僕に残されたリーメイとの唯一の思い出……」
「あんた……これでいいのかい? 思い出だけを抱きしめて死んでいくつもりなのかい?」
「僕一人が頑張ったところで……
「この子を見殺しにするのかい?」
そう言って老人がテレビの画面をウッドレイに向ける。そこには黒い霧が溢れる中、一人で立っている透き通るような青く長い髪の少女の姿。だがウッドレイには色も形もハッキリとは分からない。ウッドレイに分かるのは自身が持つネックレスの、赤い宝石の色と形だけ。心はもう……
死んだ。
「あんたはもう戦えねぇとは言ったけどよ、最後くれぇ格好つけたらどうだい?」
「だめ……なんだ……リーメイがいない僕なんて……」
「まあ……無理にとは言わねぇけどよ。この女の子……一人で偉いよなぁ……絶てぇ殺されるってのによ。おお!? おいあんた! ここ見てみろよ!」
老人が興奮したように少女の胸元を指差す。そこにはウッドレイの持つネックレスとまったく同じものが映っていた。ウッドレイの目に飛び込む宝石の鮮烈な赤。
「あ……ああ……あ……」
ウッドレイの目に映る色も形も不鮮明な少女の姿が、ネックレスの宝石の赤い色が広がるようにして色づき、形を成していく。
それは透き通るような青く長い髪の──
「このネックレスはあんたの恋人の形見なんだよな? なんでこの子が同じもんを持っ……」
老人が話している途中でウッドレイが駆け出す。目からはボタボタと涙が溢れる。映像の中、色づいて形を成したあの女の子の姿は──
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