【短縮版】思い出は宝石のように輝いて、砂上の楼閣のように脆く儚い。そして君が歌い、世界は色付く。
鋏池 穏美
第1話 灰色の世界と赤い宝石
一人の少女が狭い路地を全速力で駆けている。
限られた土地にこれでもかというほどに立ち並んだ様々な店。ここは五番街と呼ばれ、無計画に密集した建物がまるで迷路のような道を作り出す。その迷路のような路地裏──人が一人通るのでやっとの道を、がむしゃらに少女が走る。顔は今にも泣き出してしまいそうで……
「やだ……やだやだ……死にたく……ない! まだ恋もしたことないのに……死にたくなんてない!!」
少女が走りながら叫ぶ。年齢は十五~十六歳くらいだろうか。透き通るような青く長い髪を振り乱し、必死に走る。
走るのに邪魔だったのだろうか、色鮮やかな花が描かれた白いワンピースの裾をビリビリと破り捨て、下着が見えてしまいそうなことにも構わず走る。
途中で靴が片方脱げ、素足で踏みつけるジャリジャリの地面が痛い。足の裏からは血が滲み、それでもなお走る──
***
「ちっ! てめぇのせいで酒が不味くなんだよっ! つーかなんでのうのうと息してやがんだぁ!? さっさとクタバレや!!」
迷路のような路地裏──ゴロツキがたむろする飲食店の裏で、一人の男が大柄の男に馬乗りで殴られていた。服は浮浪者のようにボロボロで、白髪混じりの髪も伸び放題。殴られて口内が切れたのか、口からは血が滴る。
「ごめん……なさい……」
「ああ!? ごめんなさいだぁ!? てめぇが! てめぇが失敗したせいで人類は滅ぶんだ! 今からでも
「でき……ません……」
「じゃあてめぇが死ね!!」
「本当に……ごめん……なさい……」
白髪混じりの男が血を吐きながら謝るが、大柄の男の殴る手は止まらない。
「何がっ! 人類のっ! 救世主だっ! ただのっ! 臆病者っ! じゃねぇかっ!!」
ゴキンッと嫌な音がし、白髪混じりの男の口から折れた歯が吐き出される。
「ごめん……なさ……」
「あぁん? 聞こえねぇなぁ? ……っと……こりゃなんだ?」
大柄の男が白髪混じりの男の胸元に覗くネックレスを掴む。ネックレスの先には赤い宝石がキラキラと輝いていた。
「それは……それだけは……」
『勘弁してください』と、白髪混じりの男が大柄の男の腕を掴む。
「汚ぇ手で触ってんじゃねぇっ!! これは俺がもらっ……」
大柄の男がネックレスを引き千切ろうとした、まさにその瞬間──
「どいてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
透き通るような青く長い髪の少女が駆けてきて、大柄の男に思い切りぶつかる。ぶつかる瞬間少女の体が淡く光り、少女の二、三倍は体重がありそうな大柄の男を吹き飛ばす。
大柄の男が吹き飛ばされた勢いで、白髪混じりの男のネックレスがブチブチと切れて吹き飛び、路地裏のゴミ捨て場に落ちた。
「あああっ! リーメイ! リーメイ!!」
白髪混じりの男が叫びながらゴミ捨て場に向かい、ガサガサとネックレスを探す。探しながらも『リーメイ……リーメイ』と人の名前だろうか、泣きそうな声でゴミ捨て場を漁る。
「ご、ごめんなさい! 私のせいでなにか失くしちゃいました!?」
少女が白髪混じりの男に声をかけるが、相変わらず『リーメイ……リーメイ』と、泣きそうな声を漏らしながらゴミ捨て場を漁っている。
「リーメイ……?」
少女はリーメイという名に覚えがあるのだろうか、立ち止まって考え込む。
「何か思い出しそうなんだけど……ごめんなさい! 手伝ってあげたいけど急いでて! ああ!! 来た!!」
少女が叫び、一目散に駆け出す。その少女の後を追うように軍服の男が駆けてくる。軍服の男は白髪混じりの男の横を通り過ぎる瞬間、『ちっ……まだ生きていたのか。クズが』と吐き捨てるように言い放ち、少女を追いかけて行った──
***
「おいおいどうしたんだよその傷」
「ちょっと転んでしまって……」
「転んでこんなになるかぁ? 喧嘩だろ?」
「………………」
五番街からほど近い河川敷。ボロボロの木材や破れたブルーシートで組まれた小屋が立ち並ぶ
「あんた……
「……どこでそれを……?」
「そう言うってことは本当にあんたがウッドレイなんだな。でもどうしたよこの白髪ぁ……頬もこけて見る影もねぇ……わしが知ってるウッドレイは……」
紅蓮の軌跡ウッドレイ──人類を蹂躙する
失敗してからの行方は分かっていない。
「あの時……みんなが知ってるウッドレイは死んだんだ……」
「作戦の失敗で心が折れたのかい? まあ……あの作戦で
ほとんど失われた。
「もう一回戦おうとは思わねぇのか? ここの周りにも黒い霧が溢れてきた。あと三日もすりゃあ
「僕はもう……戦えない……」
「そうかいそうかい。まぁあんた一人が挑んだところでもうどうにもなんねぇわな。やれやれ……人類もあと三日の命ってわけかい」
言いながら老人が自家発電機に繋いだテレビを点ける。テレビからは『脱走した
「かわいそうにねぇ……もう何をしたって無駄だってのによぉ。それに
「……支援系に戦わせるのか……?」
「まあ……
「……僕はもう戦えないんだ……ごめん……」
白髪混じりの男──ウッドレイがゴミ捨て場から見つけ出した赤い宝石のネックレスを握る。
「そうかいそうかい。まあだが残念だ。髪の色が綺麗なかわいい子だったが……」
そう言って老人がテレビ画面をウッドレイに向ける。画面には透き通るような青く長い髪の少女の顔が映っていた。
「かわいい子だろう?」
「ごめん……色も顔も……何も分からないんだ……」
「そういやあんた……その宝石の色と形しかちゃんと認識出来ねぇとか言ってたか……」
「………………」
老人がウッドレイの肩を叩き『まあ最後の三日間、悔いなくすごそうや』と、数本しか残っていない歯を剥き出しにして破顔した。
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