たまご
蒼河颯人
たまご
……ぴちょん……ぴちょん……ぴちょん………ぴちょん……
――真っ暗の中で、何かのはねる音が聴こえる。
何の音だろう。
流しのある方向から聞こえてくる。
蛇口の先からゆっくりと水の玉がぶら下がっているな。
もう少し蛇口をしっかりしめればいいのに。
※ ※ ※
……チッ……チッ……チッ……チッ……
――何の音だろう。
何かが動いている音。
扉じゃなくて、部屋の奥の方から聞こえてくる。
規則正しいリズムを刻んでいるようだ。
ああ、時計の針か。秒針が動く音だね。
あれ? 今度は音が止まった。電池切れかな。
※ ※ ※
……ガサガサガサガサ……
――何の音だろう。
この家主が何か大きな袋を持って家中を動いているのを見た。今日は燃えるゴミの回収日だったかな。
でも、回収は夜が明けた朝だというのに、早く出し過ぎているようだな。まだ夜中だというのに。
……ガサガサガサガサ……
ほら、何者かが生ゴミを漁っている音がする。うわっ。何か、変な臭いがしてきた。腐ったような、生臭い臭いがしているよ。
……ガサガサガサガサ…………なぁごぉ……
恐らく、腹をすかせた猫だろうな。
ほら言わんこっちゃない。いつもぎりぎりに出しているのに、珍しく早く出したりするから。日が昇ったら家の前が悲惨になっているだろう。
※ ※ ※
……ホゥーッ……ホゥーッ……ホゥーッ……ホゥーッ……
――梟の鳴き声が聴こえる。あの真っ黒な樹の枝に止まっているようだ。その後ろに見えるのは大きな月。
部屋が暗いから、本当に良く見えるな。
蒼白くてぞくぞくとした、寒気がくるような表情をしている月。
その表面に薄っすらと見える模様は、まるであばたみたい。
色だって氷のように冷たいし、全然綺麗じゃない。
あの模様を〝うさぎが餅つきをしているみたいだ〟って言ったのは、一体誰だろう?
――それにしてもここは、とても暗過ぎる。
何故電気をつけないのだろう?
ああそうか。何日か前から電気を止められているんだったっけ。
すっかり忘れていたよ。
※ ※ ※
……ヒュー……ゴウゴウゴウ……ヒュー……ゴウゴウゴウ……
ガタガタガタガタ!
――何て大きな音だ! 風の音かな?
窓もガタピシ言っている。
お陰で埃が舞い散っている。
何だか湿っぽくてかび臭いにおいもしてきた。
この家、全然窓開けをしていないんだ、きっと。
ここの家主、空気の入れ替えを怠っているな。
……ヒュー……ゴウゴウゴウ……ヒュー……ゴウゴウゴウ……
ガタガタガタガタ!
――そう言えば、彼、あの日を堺にして全然姿を見ないな。
前に見たのは……確か……二・三年位前だったかな。
この部屋に家具はそのままあるようだけど、一体どこに行ったのだろうか?
え? 何故曖昧だって?
他人のことだからね。いくら私だって、そこまで正確に把握しきれないよ。
※ ※ ※
え?
そういう私は何だって?
私は「たまご」。
濁ったような、淡いしま模様のついた、灰色の「たまご」。
丁度、鶏のたまご位の大きさだ。
昔、このお家の廻縁の端の方に産み付けられたのだ。
あまりにも昔で、いつ頃かは覚えていない。
だから、今見えている景色をいつから眺めているものなのか、良くわからない。
ずっと見てきたもの全てが、遺伝子の中へ〝情報〟として刷り込まれ、伝えられているのだ。
ひょっとしたら、今見ていると思っているものが数ヶ月前のことなのかもしれないし、昨日のことなのかもしれない。
ただはっきりしているのは、もう少ししたら「私」のお腹の中から、皮を食い破ってたくさんの子供たちが生まれてくることだ。八本の脚を持つ子供たち。
「私」は「その時」をずっと待っているのだ。
この家の中で。
生まれてくる子供たちの内、誰かがこの家にいつかまた戻って来て、再びここにたまごを産むことになるのだ。
たまご 蒼河颯人 @hayato_sm
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます