番外編
狂恋から狂愛、執愛へ・前編
エマとパトリックが結婚して一ヶ月程が経過した。
結婚したばかりの頃は王都で生活し、夜会などにも出席するエマ。しかしナルフェック王国との国境にあるランツベルク領に慣れる為、結婚十日目でエマはパトリックと共に領地へ戻っていた。
そんなある日の夜。
ランツベルク城のエマとパトリックの寝室にて。
「ねえ、リッキー……」
エマはモゴモゴと言いにくそうに口を開く。
「エマ、どうしたんだい?」
パトリックはエマを抱きしめながら、アメジストの目を優しく細め、そっとエマの額にキスを落とす。
その目からは、エマが愛おしくて仕方がない様子がよく伝わってくる。
「その……今日は普通に眠りたいの」
エマはアンバーの目を潤ませてそう懇願した。
その言葉に面食らうパトリック。
ここ十日程、パトリックは連日エマを何度も抱き潰し、無理をさせていた自覚はある。
しかし上目遣いでアンバーの目を潤ませながら懇願するエマの姿を見ると、劣情が煽られる。
パトリックのアメジストの目が仄暗く染まる。
(エマ……そんな表情をされたら……今日も抱き潰したくなるよ……! 今すぐ襲ってしまいたい! ……やっぱりエマをランツベルク領に戻して正解だった。このままエマを閉じ込めて、僕以外と関わらなくしてしまいたい……!)
甘く真っ直ぐな、それでいてどす黒く悍ましいパトリックの欲望。
それは決してエマに悟られてはいけない感情である。
結婚したら少しはその感情が落ち着くかと思っていたパトリックだが、むしろその逆だった。エマと肌を重ね合わせれば重ね合わせる程その甘く悍ましい感情はどんどん大きくなっていた。
エマの陶器のように白くきめ細かく滑らかな首筋には、無数の赤い花が咲いている。
それはパトリックの愛と執着の証。そのせいでここ十日程、エマは太めのチョーカーを手放せなくなっていた。
「ここ最近寝不足なの……。お願い……」
相変わらずアンバーの目を潤ませながら懇願しているエマ。
パトリックはそんなエマのストロベリーブロンドの髪にキスを落とす。
パトリックの月の光に染まったようなプラチナブロンドの髪がハラリとエマのストロベリーブロンドの髪と重なった。
「そうだね。ごめんね、エマ。十日間くらい、無理させてたね」
申し訳なさそうに微笑み、エマを優しく撫でた。
パトリックの答えに、エマはホッと肩を撫で下ろす。その瞬間、エマはそっと唇をパトリックに塞がれた。触れる程度のキスである。
「愛してるよ、エマ」
甘く優しい声のパトリック。アメジストの目はどこまでも真っ直ぐエマを見つめている。
するとエマは明るく太陽のような笑みを浮かべる。
「私も、愛しているわ、リッキー」
パトリックにとって耳心地の良い声。そして何よりもその笑み。それらはパトリックの心を満たすのであった。
(やっぱりエマの笑顔が一番だ)
先程のどろどろとしたどす黒く悍ましい欲望が嘘のように浄化されていた。
その後、エマはパトリックに包まれてすやすやと眠りについた。
(エマ……そんなに無防備だと、僕に何をされるか分からないよ)
パトリックはねっとり仄暗い笑みを浮かべ、隣で眠るエマを抱きしめる力を強める。
パトリックの鼻いっぱいに、エマの香りが広がった。
(まあ今夜は何もしないけどね。それに……
パトリックはエマの額にキスをしてほくそ笑んだ。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
翌朝。
目を覚ましたパトリックは、自身の腕の中でまだすやすやと規則正しい寝息を立てて眠っているエマを見て、アメジストの目を愛おしそうに細めた。
(エマの寝顔……ずっと見ていられるな)
その時、パトリックの腕の中でもぞもぞとエマが動く。
エマのアンバーの目が、ゆっくりと開いた。
「おはよう、エマ」
甘く優しい声のパトリック。エマの額にそっと優しくキスをした。
「ん……おはよう、リッキー」
エマはまだ寝ぼけ眼で、ふふっと微笑んだ。
「エマ、良く眠れた?」
「ええ。ぐっすりよ」
寝起きの掠れ声で答えるエマ。しかしその後、再びエマはウトウト眠り始める。
その様子にパトリックは愛おしそうにアメジストの目を細めた。
「エマ、まだ眠いんだね」
「あ……ごめんなさい。ぐっすり眠ったはずなのに……」
エマはハッと目を覚ますものの、やはり眠そうである。
「エマ、もう少し寝ても良いよ」
パトリックは優しく、宝物を扱うようにエマを抱きしめた。
「ありがとう、リッキー。そうする……わ」
エマはそのままパトリックの腕の中で再びすやすやと眠り始めた。
(エマ……やっぱり相当無理させてたのかな……)
パトリックは連日何度もエマをだき潰していたことを思い出し、少し申し訳なくなる。
(いや、あるいは……)
しかし、別の可能性も考え付いたパトリック。それは確信めいたようなものでもあり、パトリックは満足げに口角を上げた。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
エマを案じ、
それをエマに止められる。
「リッキー、最近近隣諸国で希少金属や希少植物の密輸が増えてきているわ。ガーメニー王国、特に南北の辺境伯領でも取り締まるように国王陛下からも指示があったでしょう。もう騎士団の方々の準備も整ってみんな待っているわよ」
エマは眉を八の字にして困ったように微笑んでいる。
「僕にとってはそれよりもエマの方が大事なんだよ。夫が妻の心配をするのは当たり前だろう」
パトリックのアメジストの目は真っ直ぐエマを見つめていた。
「リッキー……気持ちはとても嬉しいわ。私もリッキーのことが大切よ」
エマは頬をほんのりと赤く染めていた。そして言葉を続ける。
「だけど、仕事はしてちょうだい。もし貴方が仕事をしなかったら、『ランツベルク次期辺境伯は地図が読めなくて自領が国境にあることに気付いていない』と言われかねないわ。国境を守らない辺境伯では駄目よ」
パトリックはエマの言葉に思わず吹き出してしまう。
「リッキー?」
エマは怪訝そうに首を傾げる。
「いや、エマの例えが面白くてさ」
破顔し、愉快に笑っているパトリック。そして落ち着いてから、もう一度言葉を紡ぐ。
「そうだね。僕は地図が読めるし、自領が国境にあることを自覚しているから、行ってくるよ」
悪戯っぽく笑うパトリック。
「ええ、行ってらっしゃい。家政のことは任せて」
太陽のように明るく微笑むエマ。
こうして、パトリックとエマはそれぞれの仕事の準備を始めた。
そして、パトリックが国境へ向かう時、エマが見送りに来ていた。
「無理はしないでね。すぐに戻るから」
パトリックは愛おしそうにアメジストの目を真っ直ぐエマに向けている。そしてパトリックはエマの唇に自身の唇を重ねようと顔を近付けた。しかし、エマに止められてしまう。
「待ってリッキー。使用人や騎士団の方々が見ているわ」
頬をほんのり赤く染めるエマ。
「関係ない。見せつけてやればいいさ」
パトリックはエマを抱きしめ、そのまま彼女の唇を奪う。
「もう……!」
エマは真っ赤な顔でアンバーの目を潤ませながら、パトリックの胸を軽く叩いた。
周囲からは微笑ましげな視線が多数向けられていた。
「エマ、愛してるよ」
この上なく甘く優しい笑みのパトリック。
「私も、愛しているわ。リッキー」
エマは太陽のように明るい笑みだった。
パトリックはその表情を見ることが出来て満足し、国境の視察と警備に向かうのであった。
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