ヨハネスが王都にやって来る
ある日、リートベルク家の
「そうだ、皆に伝えておくべきことがある」
改まってそう言ったのは、エマ達の父でリートベルク伯爵家当主のアロイス。ブロンドの髪にアンバーの目で、美形というわけではないが決して醜いわけでもない。愛嬌のある顔立ちだ。
「アロイス様、何でございましょうか?」
エマ達の母、ジークリンデが聞く。ストロベリーブロンドの髪に、ペリドットのような緑の目で、誰もが振り向くほどの美しい顔立ちだ。そして鼻から頬にかけて薄いそばかすがある。
エマ達も父アロイスの方に注目している。
「来年、ヨハネスを社交界デビューさせようと考えている」
「まあ、ヨハネスの」
アロイスの言葉に、驚きアンバーの目を見開くリーゼロッテ。
「お父様、ヨハネスを十四歳で社交界デビューさせるのですね?」
エマはアンバーの目を丸くしてそう聞く。
貴族令嬢は十五歳になる年に一斉に社交界デビューするのだが、貴族令息の場合は各家の判断で社交界デビューさせる。十四歳から十六歳くらいが一般的な貴族令息の社交界デビューの時期だ。
「ああ、その通りだ。手紙でヨハネスの教育の進み具合を確認したところ、思った以上に進んでいた。もう社交界デビューしても問題がないと家庭教師から太鼓判を押されている」
アンバーの目を優しげに細めるアロイス。
「ヨハネス、やるなあ。私より一年早く社交界デビューか。私も負けていられない」
ディートリヒはフッと笑う。嫉妬した様子はない。
「ヨハネスも優秀だけど、ディートリヒ、貴方も優秀よ。全然負けてはいないわ」
「ありがとうございます、母上」
優しげに微笑む母ジークリンデに、ディートリヒはクスッと笑う。
「そこでだな、まずヨハネスには事前に王都を見てもらいたいと思っている。だから、来週
「まあ、久々にヨハネスに会えますのね」
エマはアンバーの目を輝かせている。
「賑やかになりますわね」
リーゼロッテはおっとりとした様子で穏やかに微笑む。
「予定がない日は皆でヨハネスに王都を案内するのも良いかもしれないですね」
ディートリヒは優しげに微笑んでいる。
エマ達は弟のヨハネスが王都ネルビルにやって来るのを楽しみにしていた。
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一週間後。リートベルク家
「父上、母上、リーゼロッテ姉様、ディートリヒ兄様、エマ姉様。ただいま参りました」
リートベルク伯爵家次男、ヨハネス・コンラート・フォン・リートベルクがやって来た。エマ達と同じ、ストロベリーブロンドの髪にアンバーの目。鼻から頬にかけて薄いそばかすもある。そして天使のように可愛らしい顔立ちだ。初対面では間違いなく少女に間違えられるくらいである。
「長旅お疲れ様、ヨハネス。君達もありがとう」
優しい表情のアロイス。そしてヨハネスの侍女や侍従にもお礼を言う。彼らはヨハネスの荷物を部屋まで運びに行った。
「教育の進みが早いんだってな、ヨハネス」
ディートリヒはヨハネスの頭にポンと自身の手を置く。
「ヨハネスは昔から賢かったわね」
リーゼロッテは優しげにアンバーの目を細める。
「先生が優秀だからですよ」
ヨハネスは控えめに微笑む。天使の笑みだ。
「ねえヨハネス、明日はリーゼロッテお姉様もディートリヒお兄様も私も予定がないのよ。みんなで一緒に王都を回りましょう」
エマは明るく太陽のような笑みである。
ヨハネスの表情がパアッと明るくなる。
「ええ、是非お願いします、エマ姉様。リーゼロッテ姉様とディートリヒ兄様も」
まだ十三歳。優秀とはいえども子供なので好奇心やワクワクした様子は隠せなかった。
我が子達の様子を見て、アロイスとジークリンデはふふっと微笑んでいた。
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そして翌日。エマ達はヨハネスに王都を案内していた。もちろん、侍女や護衛を連れて。
「あれは何のお店ですか?」
ヨハネスはアンバーの目をキラキラと輝かせながら王都の街並みを見ている。
「ヨハネス、あれは本屋よ」
エマはふふっと微笑み答える。
「あれが本屋……! リートベルク領のはあんなに洗練されていませんよ」
ヨハネスはアンバーの目を大きく見開いている。
「確かに、リートベルク領はどちらかと言うと田舎町という雰囲気よね。ガーメニー王国では珍しく酪農が盛んな地域ではあるのだけれど」
リーゼロッテはクスッと笑う。
ガーメニー王国は鉄鉱石の採掘量が近隣諸国の中で二番目に多い。よって盛んなのは鉄鋼業だ。酪農などの農業はそれほど盛んではない。
「リートベルク領は、酪農により乳製品類の生産量がガーメニー王国でトップだ」
ディートリヒはフッと笑う。
「酪農に適した土地ですからね」
エマはふふっと微笑む。
しかし、リートベルク領やその他の領地の生産量でも、ガーメニー王国全体の食糧自給率はやや低い。よって、食糧は近隣諸国の中で生産量がトップの隣国ナルフェック王国からの輸入に頼っている部分がある。
ちなみに、近隣諸国の中で鉄鉱石採掘量トップなのはネンガルド王国である。
「僕は本屋でリートベルク領の領地経営や、酪農に役立つ本が見たいです」
ヨハネスの、天使のように可愛らしい笑みでのお願いに、エマ達は頬が緩んだ。
「そうね。
リーゼロッテはやる気に満ちた美しい笑みだ。
「では私もシュミット氏の小説を探してみましょう。
ディートリヒはフッと笑う。女性を虜にしそうな笑みだ。
「私も、今度の奉仕活動で子供達に読み聞かせ出来そうな本を探しますわ」
エマは太陽のような明るい笑みになった。
こうして、四人は侍女と護衛がいるので兄弟姉妹水入らずとはいかないが、王都を楽しく回っていた。
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(あれは……エマじゃないか! まさか街で見かけることが出来るとは……!)
ヘルムフリートはグレーの目を見開き、口角が上がる。
ヘルムフリートもこの日王都の街に用事があったのだ。
(何だ、リーゼロッテ嬢、ディートリヒ卿、それから久々に見るがヨハネス卿とも一緒なのか。話しかけにくいな……)
ヘルムフリートは口をへの字に曲げる。
エマが家族に向ける太陽のような明るい笑みに見惚れてしまうヘルムフリート。
(俺にだってあの笑顔を向けて欲しいさ……)
ため息をつくヘルムフリート。
(思い切って話しかけてみるか)
そう思い、エマの元へ行こうとした瞬間、ディートリヒとヨハネスがこちらを見ていることに気が付く。
二人のアンバーの目は、冷たく鋭くヘルムフリートを睨みつけていた。
(うげっ、めちゃくちゃ睨まれてる……)
ヘルムフリートの足がすくむ。結局、エマに話しかけることは出来なかった。
一方、エマはと言うと。
「ディートリヒお兄様、ヨハネス、向こうに何かございますの?」
キョトンとした表情だ。ヘルムフリートの存在に全く気が付いていない。
「いや、何でもないよ、エマ」
ディートリヒは優しく微笑む。
「エマ姉様にはもっと相応しい人がいますから」
ヨハネスは力強くそう言った。
「えっと、どういうことかしら?」
エマは首を傾げた。
「まあまあ、細かいことはいいんだ。さあ、姉上もエマも行きましょう」
ディートリヒがそう声をかけたことにより、またエマ達は王都散策を楽しむのであった。
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