ユリアーナ、ほんの少し警戒心を緩める
引き続き、エマとユリアーナは会話を楽しんでいる。
「ユリアーナ様は教えることがお上手でございますね」
「お褒めのお言葉、光栄でございます」
「もしよろしければ、私と一緒に孤児院へ奉仕活動へ行っていただけますか? 一人より二人での奉仕活動の方が楽しかったので、是非ユリアーナ様ともご一緒したいですわ。それに、ユリアーナ様は教え方がお上手でしたので、子供達に読み書きや算術もきっと分かりやすく教えることが出来るでしょう」
エマはワクワクした様子である。
「確かに、エマ様と二人での奉仕活動の方が楽しそうでございますわね。予定を調整してみますわ」
ユリアーナはフッと微笑んだ。
「エマ様は、もう既にどなたかとご一緒に奉仕活動をされたみたいでございますね?」
ユリアーナはエマの話からそう推測したらしい。
エマは太陽のような明るい笑みで応える。
「ええ。実は、ランツベルク辺境伯令息であるパトリック様というお方とご一緒したことがございます。最近はパトリック様と孤児院訪問が被る日がほとんどでございますわ。そのお陰で楽しく奉仕活動が出来ております。やはり一人より二人以上の方が良いですわね」
エマはクスクスと楽しそうに微笑む。
「左様でございましたか」
「パトリック様は社交界には滅多に出ていないそうなのですが、ユリアーナ様はパトリック様をご存じでしょうか?」
エマがそう聞くと、ユリアーナは少し考えるような素振りをする。
「……ランツベルク辺境伯家については存じ上げております。ガーメニー王国南東部の海辺に広大な領地を持ち、海産物が有名で貿易にも力を入れており、ナルフェック王国に隣接している。また、ランツベルク辺境伯家の騎士団は強力なことで有名でございますわ。しかし、パトリック卿に関しては
「左様でございましたか」
「お役に立てず申し訳ないです」
少し表情が暗くなるユリアーナ。
「そんな、ユリアーナ様、謝らないでください。少し聞いてみただけですので。それで、お話は変わりますがこの前お読みしたギュンター・シュミット氏の小説についてですが……」
エマはユリアーナの表情を明るくする為に話題を変えた。しばらくシュミット氏の小説の話で盛り上がる二人である。
「あら、エマ様、
「ユリアーナ様、でしたら書斎へ行きましょう。リートベルク家の
エマは太陽のような明るい笑みでそう提案し、ユリアーナと共に書斎に行くことにした。しかし、その途中にエマはあることを思い出す。
「ユリアーナ様、実は私、自室に書斎から借りたままの本があることを失念しておりました。一旦取りに行きますので、しばらくユリアーナ様お一人になりますがよろしいですか?」
エマは困ったように微笑む。
「ええ。エマ様、
ユリアーナはふふっと微笑んだ。
こうして、エマは自室に借りたままの本を取りに行き、ユリアーナはリートベルク家の王都の屋敷タウンハウスの書斎で一人になるのであった。
(あら、このシュミット氏の小説はケーニヒスマルク家にはないものだわ)
ユリアーナは書斎でシュミット氏の小説を見つけ、手に取る。そして思わず読み進めていた。思わぬ展開にクスッと笑ってしまったり、ハラハラしたりと盛りだくさんの小説だった。ユリアーナは小説に夢中になっている。
「楽しそうにお読みになっていますね」
不意に隣から声がして、ユリアーナの体はビクリと揺れる。声の方を見ると、ストロベリーブロンドの髪にアンバーの目で、端正な顔立ちの少年がいた。鼻から頬にかけては薄いそばかすがある。
「驚かせてしまって申し訳ありません。私はリートベルク伯爵家長男でエマの兄、ディートリヒ・アロイス・フォン・リートベルクと申します」
ユリアーナに声をかけたのはディートリヒだった。
「……ご挨拶が遅れて申し訳ございません。ケーニヒスマルク伯爵家長女、ユリアーナ・メビティルデ・フォン・ケーニヒスマルクと申します。エマ様とは懇意にさせていただいております」
ユリアーナは少し警戒し、表情が強張っていた。そんなユリアーナに、ディートリヒは少し心配そうな表情になる。
「ケーニヒスマルク嬢、大丈夫ですか?」
「……ええ。問題ございません」
相変わらず表情が強張ったままのユリアーナ。
(このお方はエマ様のお兄様よ。それに、婚約者もいないとエマ様から聞いているわ。だから、#あのようなこと__・__#になる心配はないわ)
ユリアーナは必死に心を落ち着かせた。
「大変失礼いたしました、リートベルク卿」
先程よりは少し表情が柔らかくなったユリアーナ。
「気にしてはいませんよ。ケーニヒスマルク嬢、貴女のことはエマから聞いております。妹がいつもお世話になっています」
ディートリヒは優しく微笑む。
「いえ、
ユリアーナはクールな笑みだ。そして後半は聞こえるか聞こえないかギリギリの声だ。
ディートリヒにそれは聞こえたかは分からない。
「ケーニヒスマルク嬢もシュミット氏の小説がお好きなのですか?」
ディートリヒはユリアーナが手にしている小説を示し、そう聞く。
「ええ、まあ。シュミット氏以外の本も読みますが、最近読むことが多いのはシュミット氏の小説でございます」
ユリアーナはエマに対応する時とは違い、微笑んではいるのだが少し素っ気ない。
「私と同じですね」
ディートリヒはクスッと笑う。
「ケーニヒスマルク嬢は、シュミット氏の小説のどういうところが面白いと感じますか?」
「面白いところ……。そうですね、やはり心理描写の細かさでございましょうか。登場人物の心の移り変わりも自然で丁寧でございますし。それに、細かい物事を活写している点もございます」
「私もケーニヒスマルク嬢と同じです」
ディートリヒはアンバーの目を優しげに細める。甘く優しい笑みである。
(……流石リートベルク卿。琥珀の貴公子と呼ばれるだけあるわね)
ディートリヒの女性を虜にしそうな笑みの前でも、ユリアーナは冷静だった。
「……リートベルク卿は、シュミット氏が男性か女性、どちらだとお思いでしょうか?」
ユリアーナは控え目に質問した。
「シュミット氏の性別ですか。そうですね……」
ディートリヒは少し考える素振りをする。
「ギュンター・シュミットという名前からすると男性ですが、あのこと細かな心理描写となると……女性のような気がしますね」
「やはりリートベルク卿もそう思われますか」
「もしかして、ケーニヒスマルク嬢も私と同じ考えでしょうか?」
「ええ」
ユリアーナはクールな笑みで頷いた。
「まさか
相変わらずクールな笑みのユリアーナ。
「私も驚いていますよ、ケーニヒスマルク嬢」
ディートリヒはクスクスと笑う。
ユリアーナはディートリヒに対してほんの少し警戒心を緩めたのだった。
そんな二人の様子をエマは本棚の影から見ていた。
(ユリアーナ様とお兄様、何だか仲が良くなったのかしら? お兄様もユリアーナ様もまだ婚約者がいないから、このまま仲を深めていただくのも良いかもしれないわ。そうなると、もしかしてユリアーナ様が私のお
エマはふふっと微笑み二人を見守っていた
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