パトリックへの贈り物
王太子ルーカスの誕生祭が終わった翌日。
エマはパトリックから貰ったアメジストの髪飾りを眺めて何かを考え込んでいる様子だ。
(パトリック様からいただいた髪飾りのお返し、どうしようかしら? ランツベルク辺境伯家なら、リートベルク伯爵家では手が届かないような物も手に入ると思うし……難しいわね)
パトリックへのお返しに何を贈るか悩んでいるエマであった。
その時、扉がノックされる。侍女のフリーダだ。
「エマお嬢様、そろそろ孤児院訪問の準備をいたしましょう」
「ええ、お願いするわ、フリーダ。今日もパトリック様にいただいた髪飾りを着けるわ」
「承知いたしました。ではこちらへ」
エマはフリーダに促され、別室に移った。
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今回の孤児院での奉仕活動もパトリックと一緒だった。
「エマ嬢、今日もその髪飾りを着けてくれているんだね。嬉しいよ」
パトリックはエマの髪飾りを見るなり嬉しそうな表情になる。アメジストの目はキラキラと輝いている。
「ええ、本当に使い勝手が良いので、孤児院訪問の際は毎回着けておりますわ」
エマはふふっと明るく微笑む。
「ねえエマ様、この計算方法が分かんないよー。教えてー」
エマは算術でつまずいた子供に声をかけられたので、その対応をする。
「ああ、この計算はこの前教えた公式を使った後に……」
(真剣に子供達に向き合っている横顔も素敵だ)
パトリックは子供に算術を教えているエマをずっと見つめていた。
(もし……もし僕とエマ嬢が結婚して子供が生まれたとしたらきっと……)
パトリックはそんなことまで考えていた。
「……ック様、パトリック様!」
自身を呼ぶ声にハッとするパトリック。
「ああ、ヘルガか。どうしたんだい?」
ヘルガに微笑むパトリック。しかし、アメジストの目は少し冷たい。
「この計算が分かんなくて。パトリック様、教えて」
「ああ、これはね……」
パトリックはヘルガに算術を教え始めた。
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「エマ様、ボール当てゲームやろうぜ!」
「パトリック様もやろうやろう!」
子供達から外での遊びに誘われたらエマとパトリック。
「ええ、良いわよ」
エマは明るく屈託のない笑みだ。子供達からの誘いに快く答えるエマ。
そんなエマを見てクスッと微笑むパトリック。
「そうだね、じゃあ僕も参加するよ」
二人の返事を聞き、子供達は嬉しそうに盛り上がっていた。
「私、エマ様と一緒のチームがいい! ザシャから教えてもらった避け方で上手になったところエマ様に見せたいの!」
「あら、そうなの? 私もエーファが上手に避けられるようになったところ見たいわ」
エマはエーファに優しく微笑みかける。
「多分エマ様とパトリック様は別々のチームになるだろう? パトリック様、時々男にはめちゃくちゃ強い球投げてくるからなあ」
とある孤児院の少年は少し悩んでいる。
「君達の体力向上の為だよ」
パトリックは悪戯っぽく笑った。
こうしてボール当てゲームが始まり、子供達はとても楽しそうに遊ぶ。エマは全員が楽しめるよう、あまりボールに触れられていない子にボールを渡したりと周囲を気遣っていた。
その時、ボールを避けようとした少年が派手に転んだ。
「ホルガー、大丈夫?」
エマが転んだ少年、ホルガーを起こす。
「うん。けどめちゃくちゃ膝痛い」
ホルガーは泣きそうな顔をしているが、ぐっと涙を堪えている様子だ。彼の膝は深く擦りむけており、結構出血している。
「みんな、一旦私抜けるわね。ホルガーが怪我してしまったから、医務室に連れて行くわ」
エマはそう言い、ホルガーと共に医務室に行こうとする。
「僕も手伝うよ」
パトリックはすかさずエマのサポートに移る。
「ありがとうございます、パトリック様。ホルガー、歩けるかしら?」
パトリックにお礼を言った後、ホルガーに確認するエマ。
「うん……大丈夫」
絶対泣くものかとでも言うかよような表情のホルガーだ。
「エマ嬢、とりあえず医務室に連れて行く前に一旦傷口を洗おうか」
「ええ」
エマとパトリックはまずホルガーの傷口を洗う。そしてその時、ホルガーの出血を抑える為にパトリックは白いハンカチを取り出した。そしてそれを器用にホルガーの擦りむいた膝に巻く。白いハンカチには赤い血が染み付いた。
その後、ホルガーは医務室で治療された。擦り傷だけなので無事にボール当てゲームに戻り、転んだのが嘘のように駆け回るホルガーだった。
「ホルガー、元気そうで安心しましたわ」
エマはそんなホルガーの様子を見てホッと安心する。
「そうだね」
パトリックは優しげにエマに同調した。
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この日の奉仕活動を無事に終えたエマは帰りの馬車で考え事をしていた。
「エマお嬢様、どうかなさいましたか?」
隣に座るフリーダが心配そうにエマの顔を覗き込む。
「大丈夫よ、フリーダ。少し今日のことを思い出していたの」
エマは優しく微笑む。
「ホルガーが怪我をした時、パトリック様が自らハンカチを彼の膝に巻いたのよ。その時、パトリック様のハンカチは血で汚れてしまったの」
「左様でございますか」
「だから、パトリック様からいただいた髪飾りのお礼はハンカチにはしようと考えていたのよ。今日お持ちだったハンカチは汚れてしまったわけだし」
「確かに、良い考えかもしれませんね。エマお嬢様。マルクさん、男性としての意見はどうでしょうか?」
フリーダはエマの護衛であるマルクに話を振った。
「そうですね、ハンカチなら実用性も兼ねていますし、良いかと存じます」
マルクは優しげにエマとフリーダに微笑む。
「フリーダ、マルク、ありがとう。では、パトリック様へのお礼はハンカチにするわ」
エマはスッキリとした笑みだった。
「お嬢様、折角でございますから、ランツベルク卿へ贈るハンカチにはご自身で刺繍をなさってはいかがでございますか?」
「そうね……。オリジナリティが出ていいかもしれないわね。ありがとう、フリーダ。そうしてみるわ」
エマはフリーダからの提案を受け、少し考えた後に頷いた。
「では、帰り次第刺繍の準備をして参ります」
「ええ、ありがとう」
エマはふふっと微笑んだ。
(お返しに何を贈るか悩んだけれど、まさかこんな形で決まるとは思わなかったわ)
少し悩んでいたことが解決し、スッキリとした気分になったエマである。
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リートベルク家の
(ランツベルク辺境伯家の紋章は、見本がないと分からないし、リートベルク伯爵家の紋章もパトリック様への贈り物としては論外ね。無難なのはやっぱり花よね。男性でも抵抗なく持てるデザインの花……)
エマはパラパラとページをめくる。
(あ、これにしましょう)
ピンと来るデザインがあったようだ。
デザインを決めたエマは、早速ハンカチに刺繍を始めた。
実はエマ、意外かもしれないが刺繍もそこそこ得意である。プロレベルとまではいかないが、中々高いレベルである。
(よし、完成ね)
途中、夕食の時間があったりと中断していたが、その日中に刺繍を完成させたエマである。
真っ白な新品のハンカチの縁には紫色の小花が散りばめられている。縁だけの刺繍は少し寂しいので、ハンカチの右下辺りにはスズランも刺繍で入れた。
エマはフリーダに持って来てもらったラッピング用の袋にハンカチを入れ、琥珀色のリボンで結んだ。
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「これを……僕に?」
次の孤児院での奉仕活動終わりに、エマはパトリックに髪飾りのお礼を渡した。するとパトリックはアメジストの目を大きく見開き、驚いていた。
「ええ」
エマはふふっと笑う。
「エマ嬢、開けてみて良い?」
パトリックはやや前のめりになった。
「是非どうぞ」
エマがそう言うと、パトリックはすぐに琥珀色のリボンをスルッと外し、中身を取り出す。
「わあ、素敵なハンカチだ」
パトリックのアメジストの目はキラキラと輝いている。
「もしかして、縁やスズランの刺繍はエマ嬢が施したのかい?」
「ええ、僭越ながら」
エマは控えめに微笑んだ。
「とても素敵だ。エマ嬢、とても気に入ったよ。本当にありがとう! 何かお礼をしたいくらいだ」
パトリックは心底嬉しそうな、とろけるような笑みでエマを見つめている。アメジストの目は先程よりさらにキラキラと輝いている。
(パトリック様、その笑顔は心臓に悪いわ……)
エマの心臓は飛び跳ねていた。鼓動は速くなっている。
「そ、そんな、これはパトリック様からいただいた髪飾りのお礼でございますわ」
エマは少したじろいでいた。
「ああ、そうか。だけど、こんなに良い物を貰えるとは思わなかったよ。エマ嬢自ら施した刺繍、僕にとってはとても価値があるんだ。それに、このリボンも」
パトリックは琥珀色のリボンに目を移す。
「何の変哲もないラッピング用のリボンでございますよ?」
エマは不思議そうに首を傾げている。
「だってほら、エマ嬢の目と同じ
再びとろけるような笑みのパトリック。
「さ、左様でございますか」
エマの心臓は再び飛び跳ねる。
「本当にありがとう、エマ嬢。大切に使うよ」
「パトリック様にそう仰っていただけて、私もとても嬉しいです」
エマは淑女としての品を兼ね備えた、太陽のように明るく屈託のない笑顔になる。
パトリックはエマのその笑顔を見てアメジストの目を嬉しそうに細めた。
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