エマ・ジークリンデ・フォン・リートベルク

 ガーメニー王国の社交シーズンが始まった。今年15歳になるエマは、少し前に成人デビュタントを迎えたばかりである。エマは今日も夜会に参加する為に準備をしていた。

 侍女の手により、エマの真っ直ぐ伸びたストロベリーブロンドの長い髪は編み込みシニョンにアレンジされた。そして化粧も施される。鼻から頬周りにあるそばかすは隠さずそのままだ。エマは母親譲りのこのそばかすを気に入っている。

「エマお嬢様、髪型とお化粧はこれでいかがでございましょうか?」

「ええ、素敵だわ。ありがとう、フリーダ。貴女は昔からいつも私を素敵にしてくれるわね」

 屈託のない笑みのエマ。アンバーの目からは嬉しさが滲み出ている。

「お嬢様にそう仰っていただけて、この私フリーダは大変光栄に存じております」

 エマの侍女フリーダは心底嬉しそうだった。

 その時、部屋の扉がノックされる音が聞こえた。エマより3つ年上で今年18歳になる姉のリーゼロッテだ。

「あらエマ、今日の髪型もお化粧もとてもよく似合っているわ。ドレスも素敵ね」

 リーゼロッテはエマと同じアンバーの目を優しげに細める。髪の色もエマと同じ真っ直ぐ長いストロベリーブロンド。そしてそばかすもある。

「ありがとうございます、リーゼロッテお姉様。全てはフリーダの腕がいいからですわ。このドレスに合う髪型とお化粧を施してくれましたの」

 エマはふふっと笑う。エマのドレスはオレンジ色で、令嬢らしいベルラインのシルエットだ。

 エマの少し後ろでフリーダは照れ臭そうにしていた。

「お姉様も、お化粧や髪型、そしてドレスもよくお似合いですわ」

「ありがとう、エマ」

 リーゼロッテは嬉しそうに照れ笑いする。リーゼロッテはハーフアップに編み込みを組み合わせ、白い百合の髪飾りを着けており、Aラインの黄色のドレスだ。

「リーゼロッテお嬢様、エマお嬢様、そろそろ、出発の時間でございます」

 リーゼロッテの侍女からそう言われ、2人は馬車へ向かう。

「あら、ディートリヒお兄様も今準備が終わりましたの?」

 馬車へ向かう途中、エマの兄でリーゼロッテの弟であるディートリヒと合流した。ディートリヒはリートベルク家次期当主で、今年17歳になる。

「いや、準備はもっと前に終わっていたさ。気になる本の続きを読んでいたら、こんな時間になってしまった」

 ディートリヒは苦笑する。エマやリーゼロッテと同じ、ストロベリーブロンドの髪にアンバーの目。そしてそばかすもある。

「ディートリヒ、もしかしてギュンター・シュミット氏が書いた小説を読んでいたの?」

「ええ、姉上、その通りです。シュミット氏の小説が面白くて、時間がないにも関わらずついついのめり込んでしまうのですよ」

 ハハっとディートリヒが笑った。

「お兄様、シュミット氏は確か、リヒネットシュタイン公国の作家でしたよね?」

「ああ、その通りだよ。シュミット氏の新作を手に入れたからエマも読んでみるかい?」

「ええ、是非貸していただきたいですわ」

 エマのアンバーの目は輝いた。

 リヒネットシュタイン公国はガーメニー王国北東部にある小さな国だ。元は臣籍降下して公爵位を賜ったガーメニーの王子の領地である。そこが数年後に独立し、リヒネットシュタイン公国となったのだ。

 エマは姉のリーゼロッテと兄のディートリヒと共に馬車に乗り、夜会へ向かった。






−–−–−–−–−–−–−–−–−–−–−–−–






 エマ達が会場に入ると、会場にいる者達がざわめき出す。

「リーゼロッテ嬢だ。相変わらず可憐でお美しい」

「まさに社交界の白百合だ」

「おまけにナルフェック王国のヌムール公爵領で薬学を学んでいらっしゃるだとか」

「お美しいだけでなく、勉強熱心なお方でございますわ」

 リーゼロッテを見て令息や令嬢達が憧れや尊敬の眼差しを向けている。

「あら、ご覧になって。ディートリヒ卿よ」

「今日も素敵ですわ。流石は琥珀の貴公子」

「ディートリヒ卿からダンスのお誘いが来ないかしら? 是非1曲願いたいわ」

 うっとりとした眼差しでディートリヒを見る婦人や令嬢達。

 リーゼロッテとディートリヒは優しげで甘めの顔立ちであり、周囲が騒ぐほどの美形である。リーゼロッテは社交界の白百合、ディートリヒは琥珀の貴公子という二つ名があるのだ。

 一方エマはというと……。

「リーゼロッテ様とディートリヒ卿と一緒におられる方はどなたかしら?」

「妹のエマ嬢だ」

「何というか……お2人に似ておりませんわね」

「リートベルク家のご令嬢と聞いたから、てっきりエマ嬢も美形なのかと思ったが……」

「いや、俺はああいう令嬢も好きだがね」

 エマはリーゼロッテやディートリヒとは違い、美形とは言い難かった。しかし、決して醜いわけではない。愛嬌のある顔立ちだ。

(リーゼロッテお姉様もディートリヒお兄様もお母様に似て、身内贔屓だとしてもとても見目麗しい。だから妹の私を見て落胆なさるのも、分からなくはないわ。それに、まだ社交界デビューしていない弟のヨハネスも、美形で可愛らしい顔立ちだし)

 エマは内心苦笑した。しかし、エマは、自分が姉、兄、弟のような美貌を持っていないことに関してはコンプレックスを感じていない。

(だけど、私はお父様に似たことを誇りに思うわ。私にはまだ未熟な部分はあるけれど、お父様、お母様、リーゼロッテお姉様、ディートリヒお兄様、弟のヨハネス、そしてリートベルク家の使用人達が、今の私を素敵だと言ってくれる。だからそう言ってくれる人達の為にも、私は前を向くわ)

 エマは背筋をピンと伸ばし、堂々とする。そして、令嬢らしい品と明るさを兼ね備えた、生き生きとした笑みを浮かべる。

 それは愛されて育った故の自信である。

 すると、周囲の反応が変わる。

「確かにリーゼロッテ様やディートリヒ様とは似ていらっしゃらないけれど、笑顔が素敵な方ね」

「何というか、こっちまで明るい気分になる笑みだな」

 エマに対して好意的な感情を抱く令嬢や令息が増えた。そしてエマはあることで決定的に令嬢や令息の心を掴むことになる。

「姉と兄は母に似で、身内贔屓でもありますが美形です。それに、まだ社交界デビューしていない弟のヨハネスは母方の祖母に似て可愛らしい顔立ちをしておりますわ。ですが私は父に似たんです。私まで母に似たら、父が疎外感を抱いてしまいますわ」

 エマは茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべた。自分を卑下することなく、機知に富んだ返しだ。エマと話していた令息や令嬢達は、意表を突かれたかのように笑った。

 エマ・ジークリンデ・フォン・リートベルクは姉や兄のような美貌は持っていないが、屈託のない明るい笑みと機知に富んだ会話でたちまち令嬢や令息を虜にしていったのだ。

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