第3話

「そういえば、今朝のニュース見た?」

「どれ?」

「この辺であった幼女誘拐のニュースだよ」


ミキちゃんは友達が私しかいないのか、空とのつながりがほしいのか、熱心に話を振ってくる。そして声が少し大きい。


「逮捕された人、部屋に幼女の写真たくさん貼ってあったらしいよ」

「へえ、そうなんだ」


そういえばそんなニュース、やっていたような気がしなくもない。

出掛ける前にテレビはついているものの、見ないからよく知らない。


「あ、そのニュース見たよ!隣町のでしょ?」


山本さんが会話に入ってきた。


「や、山本さん。う、うん、もしかして山本さんも見たの?」


ミキちゃんはにやけ顔を隠すように口元をひくひくさせている。


「見た見た、やばくない?」

「え?何の話してんの、混ぜてよー」

「だからー、今朝のニュース!」


山本さんがいることで、他のクラスメイトもわらわらと集まってきた。クラスの中心にいるだけあって、山本さんの元には何人も人が集まる。


ミキちゃんは私に背を向け、彼等と満面の笑みで話をしている。

それを見て、察した。


「あ、藤田さんは見てないんだってー。だから今教えてたの」


ね?と話かけてくるミキちゃんは、やはり、そうだ。

彼女は私と仲良くなるだけでなく、彼等と仲良くなりたかったのだ。私という「蒼井くんの幼馴染」ブランドを使い、クラスの輪に入りたかったのだろう。特に、クラスの中心にいる山本さんとは。

そして数日で得た私の情報を、さも親友ですと言わんばかりの態度でベラベラ話している。


「藤田さんって、君といた夏を読んでてさー。その話で盛り上がったんだよね」


盛り上がったつもりはない。


「席が隣だからすぐ仲良くなったの」


仲良くなったつもりもない。


「藤田さんはクールだけど優しいんだよ。さすが、蒼井くんの幼馴染って感じ」


私の何を知っているんだ。

クールとはよく言ったものだ。ただ人と積極的に関わらないだけの人間をクールと呼ぶのか。

私はミキちゃんに優しくした覚えはないのだが、彼女は私に優しくされた記憶があるらしい。その記憶は一体いつのものだろうか。もしかして挨拶を返してくれたから優しい、とか言うのか。


山本さんたちは「へえ」と言いながらミキちゃんの話に耳を傾けている。

そんな中「私はミキちゃんと仲良くした覚えはないよ」なんて空気をぶち壊すような発言ができる私ではない。

山本さんたちとミキちゃんを眺めるだけだ。


そして彼女の作戦は見事に成功した。私というダシを使い、山本さんと自己紹介も済ませ他の喧しいクラスメイトともきゃっきゃと騒いでいる。

そして彼女はこれからも私というブランドをぶらさげ、良い顔をするのだろう。いつしか彼女は「藤田さんの親友です」と言い張り、最終的には空とも仲良くなろう、ということか。

なるほど、やはり彼女は一般的だ。

こういう人間は、よくいる。現に、何度も関わったことがある。


「そうだ、放課後皆でどこか行かない?」

「いいね、賛成」


あ、これは、くるか。


「ねえ、藤田さんもどうかな」

「ごめん、放課後は用事があるんだ」

「えー、さっき廊下で話してるの聞いたけど、用事って多分蒼井くんでしょ?」

「あ、じゃあ蒼井くんも一緒でいいからさ、行かない?」

「藤田さん、話しかけにくかったんだよね。仲良くできるチャンスきた!」


期待に満ちた、視線。

「蒼井くんも一緒でいい」と強調し、蒼井くんは藤田さんのおまけ、と遠まわしに行っているが、逆だろう。蒼井くんと仲良くなりたいから、そのためにお前も来い。そう言いたいのだ。


「ごめん、用事あるから」

「そこを何とか、蒼井くんも一緒でいいからさ」


眉を下げて手を合わせる、名前も知らないクラスメイト。ここで「分かった、じゃあ空に訊いてみるね」と答えてもいいのだが、生憎今日は金がないし、昨日買ったゲームをしたい。


「ごめんね、今日の夕方から空の家族と温泉旅行に行くから」


その一言ですべてが片付いた。

明日は土曜日だし、良い答えだった。


そしてタイミングよく空が教室まで迎えに来たのでさっさとその場を後にした。


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