私と、幼馴染と、

円寺える

第1話

―――今朝のニュースです。昨夜幼女誘拐で逮捕された中田信二の自宅には、盗撮されたと思われる写真が壁にいくつも貼られており、計画的な犯行であったことを告白しました。



もぐもぐと食パンを食べながら制服に着替え、髪を整える。

そろそろ前髪も伸びてきたし、今日の放課後にでも切った方がいいだろうかと考えながら家を出た。


高校二年生の春。新学期を迎え、新しいクラスになったのはいいがまだ友達ができていない。隣の子とは少し仲良くなったがもう名前を忘れた。何だったかな、マナちゃん?マイちゃん?そんな名前だった気がする。これではまだ友達とはいえない。


友達の定義が何なのかよく分からないが、名前を覚え、声を覚え、互いに喋りかけるようになったら友達なのではないか、と思う。しかし、どうせこの年が終われば関わることも減るだろう。高校を卒業すれば関わることすらない。そして十年後に同窓会などで再開したとき「あぁ、そうえいばこんな人がクラスにいたような気がする」という認識に変わるのだから友達なんて一瞬の肩書にすぎない。

そう思うと、本当に友達がいるのだろうか。高校生活を孤独で過ごすことがないように、というためにつくる友達に意味はあるのだろうか。真の友達とは、友情とは、果たしてあのクラスでつくれるものだろうか。


「優、おはよう」


友達について考えていたら、私に向けて挨拶の声がした。声の主は私の幼馴染である空。

彼の両親と私の両親の仲が良いため、幼い頃からずっと一緒にいる。幼稚園、小学校、中学校、高校とほぼ毎日一緒に登校している。


「おはよう、空」

「うん」


優しそうに笑う彼は、世間でいうところのイケメンだ。高校生になって染めた茶色の髪はふんわりとしていて、どんなお手入れをしているのか気になる。顔だけでなく、紳士的で頭も良い彼はそれはそれは大層女子から人気がある。その人気はどれほどかというと、彼が「南高校へ行く」という噂が流れるとこぞって女子が南高校を志望したほどだ。


それ故か、高校でも中学で見た顔の女子生徒がたくさんいる。中学の先生たちは、何故こんなに南高校を志望する子が多いのか疑問に思ったことだろう。その原因をつくったのは、私だ。空の学力ならばその辺の高校ではなく、レベルの高いところへ行けるだろうに、私が「南高校へ行く」と言ったため彼も南高校を志望したのだ。これはさすがに私の両親も、宝の持ち腐れではないかと唸っていた。私もそう思った。


私の偏差値はそれほど高いとは言えないし、模試の判定だって南高校はB判定だった。気になる空の判定を盗み見たら、南高校はA判定で全教科において一位を獲得していた。それどころか、県内で一番偏差値の高い高校でも模試は一位となり、担任は泣きつきながらそこへ行けと必死に頼んでいた。うちの中学校から〇〇高校へ行った生徒がいる、と鼻高々に外部へ向けて発信したいのだろう。その思惑は担任だけでなく校長にもあったようで、空が校長室に呼ばれた際は「これはもしかして私が空を説得すべきなのか」とぼんやり思ったものだ。そんなことをしようと微塵も考えなかったが。


皆、空はその偏差値の高い高校へ行くとばかり思っていたらしく、彼が南高校へ行くという噂が流れると逃さんとばかりに女子たちはこぞって第一志望を南高校と書き込んだ。それによって入学試験の倍率が上がり私は不安な気持ちを抱えながらも受かることができた。良かった。


この男は私が行くことのできない所へスルリと入ることができるのに、わざわざ私のレベルに合わせるのだ。

腹が立つと同時に嬉しくもある。


「なに?」

「え?」

「ずっと俺の顔見てたでしょ」

「あぁ、ニキビできてるなぁ、と」

「えっ、嘘!?」

「嘘」


慌てて顔に両手をあてる空は、やはり自分の顔を気にしている。美しい顔だから、自分でも気を遣っているのだろう。腹が立つ。


彼は入学早々、学校で知らない人はいないくらいの有名人となった。学年主席で顔、性格、人望ありと誰もが羨むほどハイスペック。入学式で既に噂は広まり、上級生までもが廊下に集まって噂の空を一目見ようと騒いでいた。


そんな彼の隣にいる、特別可愛くもなければ目立つような人間でもない、至って普通な私には様々な視線がぶつけられる。嫉妬、羨望、品定め。つま先から頭までなめるように視線を這わせられる。最早慣れっこだが、蒼井空の付属品という扱いが癪に障る。


「優は部活とかしないの?」

「しない」

「じゃあ一緒だね」

「空は何で部活しないの?」

「優がしないからだよ」

「じゃあ私が手芸部に入ったら空も手芸部に入るの?」

「うん」

「私が漫画研究部に入ったら空も入るの?」

「うん、そうだよ」

「…運動部にでも入れば?」

「えー、やだよ。だって優、運動部には入らないでしょ。優がいないなら入部する意味ないよ」


何の躊躇いもなく、偽りもなく、当たり前のように言ってのける空を見て、私は満たされた。

空の幼馴染は私だ。空の隣は私だ。空の行動は私で決まる。空の好みは私で決まる。そこに誰かが入る隙間はない。

これが私たちの普通であり、日常だ。

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