第32話
最近、俺の可愛い優が気にかけている人間がいる。それは俺が友達に頼まれてサッカー部の手伝いに行っていた間に起きていた。
初めは、帰りの下駄箱だった。
優が急に「最近図書室でよく、とある一年生を見かける」と言った。
俺が部活へ行っている間は図書室へ通っているらしく、それは別に良い。教室でじっと待つのも面倒だろうし、どこにいようが気にしてない。どうせ図書室の窓から俺の方をたまに見ているだろうし。それは良い。
だが、あまりにもその一年生の女子について話すものだから、さすがにムッとする。
俺はサッカーをしている間も優のことを考えて、「今はどんな本を読んでいるのかな」「今何を考えているのかな」「もしかして俺のことを見てるかな」なんて考えるのに優はそんな俺を無視して同じ空間にいた女のことを気にかけていたのだと思うと無性に腹が立ってくる。
「そんなに興味あるの?」
笑顔を保ったまま、聞く。
「いや、そうじゃないんだけど。毎回毎回図書室にいるから本が大好きなのかなって」
「まあ、図書室に行く理由はいろいろあるんじゃないの?」
「いろいろ?」
「そ、皆が皆、本を読むために図書室へ行くわけじゃないよ」
そう、図書室にいるからと言って皆が皆純粋に本を読むためだけに行っているとは限らない。
もしかしたら、なんてふと思う。そう、もしかしたら。
行きついた先の答えに笑いが止まらない。
しかもその子は恋愛小説を熱心に読んでいたというではないか。
「空、何笑ってんの。なんかキモい」
「そう?まあ、ちょっとね」
何にしろ、俺がサッカー部の手伝いに行っている間そんな女に興味を持つ優は嫌だ。
優をベンチに座らせてサッカー部の練習が終わるまで、じっと俺を見つめて待たせたい。
そしてその翌日、部活が終わって軽くシャワーを浴びた後、優はふと思い出したように俺の部屋でポツリと言った。
「笹本歩っていうんだって」
聞かずとも誰のことか分かった。
「ふうん、で?」
思ったより低い声が出た。
どうして俺の部屋で俺と二人でいるのにそんな女のことを持ち出すのか。
気に入らないのは、優だけ知っていて俺は知らないその女のことを話す優。
色々とその女について話す優が嫌い。
ぐちゃぐちゃにしてやりたいくらい腹が立つ。
幼稚な独占欲と言ってしまえばそれまでだが、どうせその女は優に興味はない。そんな奴放っておけばいい。
「ねえ、何怒ってんの?言ってくれないと分からないんだけど」
俺がイライラしているのに腹が立ったのか、不機嫌そうにそう言う優にこれはチャンスだと思った。
そうだ、喧嘩しよう。それで暫く俺に近づかないようにして。
「言わないと分からないわけ?」
「何、その言い方。私は空じゃないんだから分かるわけないじゃん」
「は?俺は優のこと分かるのに、優は俺のこと分からないわけ?」
「だからその言い方、なんなの」
「どうでもいいことに興味持ちすぎなんだよ、価値のないものに興味持つとか馬鹿だと思わないわけ?」
「はぁ?」
ごめん、そんなことこれっぽっちも思ってないけど。馬鹿だなんて、思ってないこともないけどそんなところも可愛い。喧嘩なんて久しぶりだ。
でもこれは良い機会だ。
優が関心を持つその女、散らしてやる。
今はそこまで関心はないようだけど、これから「仲良くなってみたい」なんて言い出しかねない。
その女が癇に障らないような女だったら、まあ許してやらないこともない。
そうやって今まで優が友達になる女を選んできたのだ。しかし今回は多分違う。はずれのほうだ。散らさなければならない奴だ。
優の友達にクズはいらない。害になるような人間を最初から友達にさせるわけがないだろう。
「じゃあもういい」
そう言って優は俺の部屋から出て行った。
怒った顔も可愛い。
さて、笹本歩と言ったか。SNSはやっていないだろう。優が言うには友達なんていないらしいし。友達がいないのにSNSをやる理由なんてないし、やっていたとしても探し出せないだろう。
図書室通いなのは恐らく、多分俺が想像しているものかもしれない。確証はないが、そんな気がする。
そういう女に限って面倒なんだよなぁ。
地味ぶって待ってんだろ。小説の読みすぎだと現実と夢の区別もつかない。
可哀想な女。
数日優と話せないのは悲しいけど、優のためだ。
優の友達は俺が決める。優自身が決めるなんて許さない。どうせロクでもない変な奴に引っかかるに決まっている、今回のように。
俺みたいな美形を隣に置いておきながら、ブスな女と友達になってみたいだなんて断固反対だ。
友達になりたいとまでは言っていなかったが、いつか言い出しかねない。
俺が知らないところで友達になるのも反対だ。
優は見る目がないんだから、俺に任せればいい。
こんな性格捻じ曲がっている男と何年も一緒にいる時点で、見る目がないんだよ。
目は肥えているだろうが、中身を見る目はないだろう。
見る目があったなら、俺みたいな歪んだ奴をさっさと捨てて、性格の良い身の丈にあったブスの元へ行っているだろうに。
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