第41話

「優ちゃんもやる?」

「何の教科をやってるの?」

「国語ー」

「じゃあちょっとだけここにいようかな」


教室に戻って空の話を聞きより福永さんの方が面白そうだ。

福永さんが好きだからここにいるのではなく、ただ空と話すときのネタくらいにはなってくれるだろうというクズな考えだ。

関わりたいとは思わないが、話のネタを掴むくらいの関りなら欲している。


「それでね、これは助詞のこれが…」


輪になっている人たちに教えていく福永さんだが、どこか既視感を覚えた。


「そっかぁ、福永さん教え方上手いねー」

「えーそう?まあでもわたし、教師目指してるからね」

「何の教師なの?」

「数学かなー」

「へえ、なのに国語の教え方上手いなんてすごいねー」


べた褒めされている福永さんだが、彼女が教えている国語の内容は昨日空が言っていたことをそのまま言っただけだ。パクったのか。

パクるのが悪いとは言わないけど、空が言っていたのをそのまま他人に教えてドヤ顔するのは如何なものか。

呆れた視線を送るが福永さんは気づかない。


「それでね、ここは出題されないから、ここをやるといいよ」

「そうなの?よく知ってるね」

「わたし先生と仲良いからさ、どこが出るかとか教えてもらえるんだよね」

「いいなぁ、今度から福永さんに教えてもらおうかな」

「えぇー、まあ毎回は無理だけど時間が空いてたら、良いよ」


先生と仲が良いから、とテストの詳しいことまでベラベラ喋る福永さん。確かに国語の先生にだけは本当に気に入られているようだ。

しかし、この人たちは本当に福永さんを慕っているのだろうか。そう思って福永さんが教えている間の彼等の顔をじっと観察していると、時々嫌そうに顔を顰める。なるほど、彼等も好ましく思っていないようだった。それでも福永さんに教えを乞うというのは、身近な友達に頭の良い子がいなかったり、詳しい情報を持っている人がいないからだろう。嫌味を言われようが成績には替えられない、そんなところだ。昨日や今日やっている空の勉強会に参加しているのは、ほとんど目立つような人たちばかりで、大人しそうな、それこそ彼等のような人はいない。だから福永さんで我慢している。

と、推測するが実際合っているかは分からない。ただ、彼等の顔を見る限り福永さんのことが好きというわけではないようなので、こういう結論を出してみた。

福永さんは上から目線で国語を教えていくが、聞いている側の顔は引き攣っている。


「あ、優ちゃん、明日は何の教科やるか聞いた?」

「なにが?」

「空くんの授業、明日何やるの?」

「さあ、知らない」


嘘。私が「これをやりたい」と言えばそれをやってくれる。決定権は私にあるがそれを口にしてあげるほどできた人間ではない。


「福永さんは明日も空と一緒にやる気なの?」

「うん、だって空くん大変だし」


いくら彼女に「やらないでほしい」と言っても「空くんが大変そうだから」という理由で絶対に引き下がらないのだろう。それはもうよく分かっている。

黒板の前に立ち生徒に教える。しかも隣には学校のアイドルがいる、これほど目立てる瞬間もない。いくつものスポットライトを浴びながら王子様と舞台に立てるのだ、降りるつもりはないのだろう。


「別に大変じゃないよ、中学のときなんてもっと人いたし」

「でも空くんだって自分の勉強があるじゃん、その時間を少しでも確保したいんじゃないの?」

「福永さんと一緒にやったからって、授業が早く終わるわけじゃないでしょ。それに、テスト週間だからって勉強しなきゃいけないほど、空は馬鹿じゃないよ」

「…それはわたしが馬鹿ってこと?」

「そうは言ってないよ、ただ普通の人と空を一緒にするのはどうなのってこと」

「優ちゃんさ、そういうのやめた方がいいよ。嫌われるよ」


まさか福永さんに言われるとは思わなかったので一瞬固まる。


「優ちゃん思ったこと全部言うじゃん、ズバズバ言いすぎるのもどうかと思う」


図星を言われたり自分を悪く言われると身を守るためにちくちくと攻撃を始める。

笑って流せるようなことも、冗談も、腹が立つことを言われるとこういう反応になる。

嫌われてるのはどっちだよ、と言ってやりたいがさすがに可哀想なので言わない。

私も言い方がきつかったのは認める。


「わたし怒ると怖いってよく言われるんだよね」


急にそんなことを言ってきた、何の話だ。そんなこと誰も聞いていない。


「わたし中学のとき、不登校にさせた人いるしさぁ」


…へえ。

武勇伝のつもりで語っているが全くこれっぽっちも武勇伝になってはいない。周りの子たちも引いている。本人は自慢をしているつもりなのだろうが、聞いている側としては「だから?」と言いたくなる。

彼女は私に、自分はどれだけ凄い人間かということを飽きずに喋るが、私が流して聞いていることに気づいてから、今度は周りの人たちに自分がどれだけ教師に好かれているかということをテストの詳細を話すことでアピールしていた。


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