第8話

「そういえばさー、空くんまだあの子と一緒にいるわけー?えっとー、誰だっけ?」


私のことだろうか。私の名前を忘れているのか、いや、そんなわけないだろう。

自分で言うのもなんだが、これでも空の付属品という認識をされているのは承知している。空が気になると私も目につくようになる。空に夢中で私の名前を忘れられるという経験はあまりしたことがない。

好きな人にいつもくっついている子の名前を、忘れたりするだろうか。「何であんな子がずっと隣にいるの」という怒りで私の名前は憶えているはずだ。例えば、昔まあまあ仲が良かった人の名前を憶えてなくても、嫌いだった人やいじめてきた人の名前は憶えているもんだ。今のこれも、それと同じ。秋田さんが私の名前を忘れているわけがない。これは私の経験上、言える。それに、私が知らない子から今までどれだけ悪口を言われてきたと思ってるんだ。


つまり、これはただのアピールにしかすぎない。「空くんの隣にいた子なんて忘れたー、だってあんな子覚える価値ないじゃない?」か、または「空くんと仲良かった女の子なんて覚えてないよー、だってそこまで空くんに興味ないもーん」。後者の場合、自分は空に気があって今日呼び出したわけじゃない。ただ、なんとなく会おうと思っただけ、という言い訳になる。まあ、保身だ。


「ん?誰のこと?」


空もそれを知ってか知らずか、私の名前を言わない。


「んー、誰だっけー。ほらぁ、いっつも空くんの隣にいた女の子だってー」

「覚えてないなぁ」

「嘘ー、だってめっちゃ仲良かったじゃん!ほらぁ、幼馴染だっけ?」

「幼馴染ってたくさんいるからなぁ」


なんとか空の口から私の名前を言わせたい秋田さんと、私の名前を自分の口から言いたくない空。

秋田さんも空がシラをきっているのが分かったのか、声が大きくなる。


「幼馴染って一人でしょ!ほら、あの子だって!」

「一人じゃないよ、結構いるよ」

「嘘でしょ!だって小学校の頃、幼馴染の子一人だったじゃん!そんな話聞いたことないし!」


嘘ではない。

幼馴染とは、幼い頃親しくしていた人だ。私が一番の古株なだけで、実際結構いる。しかも友達の多い空だ。小学校から仲良くしているのは数十名いることだろうし。中学は幼いと言えるような年齢ではないから、幼馴染とは多分小学生までの子だろう。それなら空は、幼馴染がたくさんいる。


「でも本当に俺、幼馴染のあの子って言われて思い当たる人がたくさんいるから」

「嘘!!そんな話聞いてないし!」

「だって俺と秋田さん仲良かったわけじゃないじゃん」

「そ、そうだけど!」

「じゃあ知らなくて当然でしょ?」


さすがに言い返せないと思ったのか、押し黙る秋田さん。

私はオレンジジュースをかき混ぜて、後ろの会話を黙って聞く。そこまで興味ないけど、修羅場とか、人間の醜い様とかは好きだ。漫画やアニメでも、クズのキャラクターが大好きだ。滑稽で、見ていて面白い。


「あ、あぁ、思い出した!確か、優って子だった気がするー」

「優?」

「そうそう、藤田優!!小学校の頃一緒にいたよね?」


勝者、空。


「あぁ、そうだね」

「その子とはまだ仲が良いわけ?」

「うん」

「付き合ってんの?」

「んー、どうだろ」

「どうだろって何?」

「よくカップルみたいって言われるんだよねぇ。お互い特に否定したこともないし、どうなんだろうね」


言葉を濁す空。確かに否定したことはない。

それにしても、もう飽きたな。早く会話終わらないかな。それで早く漫画買いたい。

私は持ってきたゲーム機に電源を入れ、昨日の続きを始めた。

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