音楽を心酔する少女と謎の「姫」の物語

この物語を一言で表わすならば「オーケストラ」である。何を言っているのだろうか、この御仁は――と思われる方もいるやもしれない。しかし、様々な人物が絡み合う複雑な人間模様、それぞれの抱く劣情や嫉妬、憧憬は、あたかもあらゆる音楽が折り合って奏でられるオーケストラのようである。
主人公である「妙」は一見無愛想で隙が無く、常に不機嫌な少女だが、その実、音楽の才能があり、本人も心の奥底に音楽に対する熱い情熱を秘めている。しかしそれを表だって出さないのと、彼女の性格が災いして、同じ部活の連中との人間関係には綻びが生じている。
妙は、とあるロックバンドのボーカル「音希」に惚れ込んでおり、彼女のライブに足を運んだ時の妙の心の滾りは、読んでいるこちらにも充分過ぎる程に伝わってくる。音希の性格は、さっぱりとしていて飾らない。安心感があると言ってしまうのは違うかもしれないが、読んでいてブレない性格である。今のところは。
そして謎だらけの人物がいる。作中では「姫」と呼ばれる年齢不詳の少女然としたキャラクターは、妙が河川敷で出会った謎の人物で、今は彼女と共に暮らしているが、そこで妙の抱く心の弱さが描写される。唯一、妙が柔弱たる心を吐露できる相手が「姫」なのだが、その「姫」も、いきなり泣き出したり「母親が云々」と言い出したりと、謎を満載している。

何より私が称讃したいのは、筆者の文章力である。普段は流麗そのもので、河が流れるようにすんなりと頭に入ってくるのだが、とある場面では熱情の籠もった、熱気溢れる文体となる。またあるときは、厳粛な月夜のように蕭々と物悲しい文章となる。それでいて全く読み易さは変わらない。美しい日本語の極致に届いていると言えよう。

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