全ての登場人物に幸と平穏あらん事を願い候

この物語は序盤だけ読めば、「何だよくある一昔前のライトノベルか」と思ってしまうだろう。しかし、それは全く違う。登場人物達がそれぞれ、描写切れない程に暗い過去や葛藤、懊悩を抱えており、それが徐々に明かされていくのである。
主人公「白」は刀を振るい、敵を斃していくヒーロー然としているが、彼には忘れたくとも忘れられない暗い過去があり、それは永遠に消せない罪であると彼自身が自認している。それは少年が背負うには到底重すぎる罪であり、彼を赦し歩み寄ろうとしてくる者がいても、白自身がそれを拒絶してしまう。その深いトラウマはしばしば、彼に自己抑制を忘れさせ、暴走させ、殺戮を働かせる。白は、自分の殺人衝動とそれを責める理性との間でしばしば煩悶し、呻吟するのだ。
ヒロインであるサナは、献身的に白を支えるが、彼女も過去に物凄まじい苦痛を味わっており、その遠因は白にある。しかし彼女は過去とは決別し、白を支えようとするのだが、それに気が付いて貰えず、また苦悩する。
この物語で、私が最も推している人物がいる。それは白の兄である。彼はとにかく白に対し、怨みというか反骨精神のようなものを持っており、初登場時から本気で白を殺そうとする。ライバルといえば、聞こえは良いだろうが、彼にもまた辛酸を嘗めた過去があり、白を怨むのも無理は無い。しかし、彼は生来のお調子者、この重厚な物語における清涼剤のようなものである。恐らく、彼が場の空気を和ませてくれなければ、私は胃もたれしていたであろう。

作者本人は、「自分は文学なんて意識していない。娯楽小説だ」としきりに言っているが、私はそう思わない。
娯楽小説という観点でみても充分に面白いのだが、「罪」を赦し未来を見据える「鍵」というものを各人が如何にして見出すか。「もしも願いが叶うなら」というタイトルが物語る、今作のテーマはけだし文学的といえよう。

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