ホラーを嗜む浅倉さんと

戌井てと

第1話

 ラノベ、マンガ。図書室の利用者を増やそうと置かれた本により、昼休憩には、それなりに生徒が来ていた。


 が、それもすぐに普段通りの利用者数へと戻っていったとか。まあ、生徒が多くなって、本を扱う音だったり椅子の音、人によっては咳払いとか。いろんな音がする中で、読書に集中できる奴がどれくらい居るのか。


 そういうのを考えたら、今いる利用してくれている生徒を気にかけたほうが、互いに気分がいいだろう。

 返却された本を棚に戻して軽くなった両手。ついで力んでいた身体も軽くなっていく気がした。


 本の貸し出しカウンターの向こう側には、椅子が二つ。図書当番用だ。本を捲る音。物語の世界に浸っている彼女の邪魔をしないよう、椅子に座る。


 ヤバい、欠伸がでそう。


 ――ふふっ、


「悪い、読書の邪魔をした」

「いえ、そんなことは……」


 ポニーテール。髪を下ろしたらたぶん、毛先は鎖骨の辺り。何もしなくても汗が滲んでくる気温だというのに、一緒に委員で隣に座る浅倉あさくらさんは涼しげだ。


 ほとんどの生徒は休憩時間に本を読み、元の位置に戻していってくれる。あちこち移動は出来ないが、手元は割りと自由にできる。

 だから何を持参して来ようが突っ込みはしないけど、あんたが涼しそうに過ごせる理由はそれなのか?


「それって怖い系だよな」


 黒が目立つ表紙。二重でぱっちりとした目、包容力のある雰囲気。冬にはモコモコな格好をしててほしい見た目に、怖いもの好きという趣味。ギャップが凄いんだが。


井之上いのうえくんもホラーお好きですか」


 食いつかれた。欠伸に反応されたから、何か言わないとなぁ。いや別に黙っとく選択をしてもよかったのか。相手の反応に気づいておきながら何も無いのは失礼?


「夏になったら観たくなる程度だよ。好奇心で」

「私も好奇心なので同じですね」


 どこが? 空き時間とか、何かの合間に読むほどに怖いの好きなのに? それを好奇心って言葉で済むんだ?


「井之上くん、奇妙な本があるんですけど」

「奇妙な本?」


 図書の貸し出し期間は二週間。それなのに、毎週借りてはその日のうちに返却されている本があるんだと。

 ここまで聞く限りでは、奇妙さは無い。


「メモ帳のサイズなんですけど、製本されたものなんですよね。ただ、中身はまっしろ……文字がありません。それなのに――」


 本の一番後ろには、貸し出しリストがある。借りた者の名前を書く決まりとなってるが。


「日付しか書かれてない?」

「そうなんですよ。奇妙じゃないですか?」

「ていうか、内容の無い本を誰が借りたいんだよ。そもそも出版側が許すのか?」


 醸し出すように言った浅倉さんに、俺は、ただ々現実を言った。彼女の声は細くなる。「……奇妙だとおもいません?」


「不気味かもな」

「ですよね?!」


 一瞬にして明るくなる声。空気を読んで選んだ言葉は、言って欲しかったものだったらしい。


 リングの背表紙、しっかりとした紙、スケッチブックにも出来る白のページ。製本なら出版社を調べればいいか? その本の良さが出てくるかもしれないし。


「何してるんですか?」

「出版してるとこを調べようと思った」


 邪魔にならない程度にスマホを覗き込んできた浅倉さん。


「出てきます?」

「昔にはあったっぽい……? ぃや〜、出てこねぇ――あ?」


 自費出版? へぇ、自分で作れるんだ。てことは、今手元にあるこの本は、そっちの可能性が高い。

 それの方が現状、説明がつくな。結論、誰かの悪ふざけ。


「井之上くんて、一年も委員でしたよね」


 一年も? 図書室を利用していたのは、そうなんだろう。でも、その言い方だと俺に目的があったみたいな……。


「聞くんですが、二年でも委員なのはどうして?」

「楽そうだから」


 間髪入れずに返した。考えてはみたが、理解に苦しむ。そんな表情をする。正直二年目も委員を選択したからって、そこまで聞かれるほど不思議なのか俺は。


「部活は自由でも、委員はやらないといけないし。本好きは揉め事少ないと思って」

「打算的ですね。それに一匹狼」


 そう言って笑うか。本当、第一印象から外れていく。



 *



 体育館裏、軒下にできた影に三人で入る。


「ねぇねぇ、昨日のスペシャル観た?」

「あー……怖いやつでしょ。観た」


 興奮冷めやらぬって状態で話し出したしゅうに、思い出して軽く返す風磨ふうま。昨日やってた怖いやつ? 恐怖映像ってやつか。浅倉さんも観てたりするんだろうか。


大翔たいがくんは観た? 昨日の番組」

「スマホで動画観て、そのまま寝落ち。アプリに配信されてたら観るよ」

「幽霊っているのかな」

「さぁなー、霊感無いから何とも」


 何故か愁にみつめられる。


「何だ」

「やー、その……興味なさそうだなと思って」

「興味……」


 渡り廊下を流し見しながら応えを探す。夏の風物詩、怖いもの見たさ、胡散臭い霊媒師が出てる心霊番組。存在するんだと何かを期待する。


「何を楽しめばいいのか……って思う。編集でどうにでもなるだろうし、映像の使いまわしだったりするから」

「そう言われたら……毎年同じ映像を観て、怖がってるってことになる?」


 純粋というか、抜けてるところがあるというか。愁はそのままでいいけどな。



 *



「井之上くんは、夏にある恐怖映像は、観たりしますか?」


 つい最近、同じ内容に頭を悩ませたな。


「話を盛り下げる事を言うけど、編集でどうにでもなると思ってるから」

「それは、観ないという意味でいいですか?」

「その解釈でいいよ」


 本の貸し出しカウンターの裏側。本を開いていた浅倉さんは、スマホを取り出す。


「私の好みの世界を知ってほしいというわけじゃないんだけど、怖いに対する考えが変わるんじゃないかと思いまして」


 趣味で動画を上げている人もいれば、収益化していて稼ぐ人もいる。個人の好きなものから、生活していく中で役に立つこと実に様々。


「この動画に対して私が好感を持てる部分を言いますと――」


 流暢りゅうちょうに話し出すのは本当に好きな証拠だ。動画に出てる人達は、仕事があって投稿頻度も多くはない。それでも動画が上がれば観てもらえる、期待して待っている視聴者がいるってことだろーなこれは。


 動画でホラーを観るのは初めてだけど、何でだ? テレビを観ている感覚になるのは……そういう編集だから?


「業界に居た人いる? 観やすいんだよなぁ……」

「編集をしてる人は、そういった仕事をしてたそうですよ」


 最後まで観てしまい、浅倉さんはというと、本に目を通していた。


 視聴を終えてそっちを向くと、「他にも登録してるチャンネルはあるけど、オススメはこれなんです」そう楽しそうに言うんだから。


 相手からは見えない位置で動画サイトを開き、チャンネル登録を押した。


 浅倉さんから教えてもらった動画に、すっかりハマる。幽霊っていう不思議な存在だが、同じ人間。廃墟と化しても、そういったモノが居場所として選んでる。みえないってだけで怖がり、肝試しにされる。雑な扱いになるもんだな、となんか反省の気分。



 *



 時間になっても隣は空席。浅倉さんは休みらしい。サイトに上がってあった動画を全て観た、価値観が変わったというのは大袈裟か。でも本当に、見え方が変えられた気がするから。語り合いたかった……?


「おーい、井之上」

「はい?」

「浅倉さんは、いない?」


 雑誌を片手に三年生が来た。ま、用事があるから委員長が来たんだろうけど。


「俺より先に来てる人だから、休みなんだと思います」

「そうかー、浅倉さんなら快く置いてくれそうなのに」


 怪奇特集……? なんか最近、怖いものに触れる機会が多い。


「期間限定ですね。夏だから」

「ホラー好きは季節なんて関係ないのさ」

「先輩ってそこまでホラー好きだったんですね、知りませんでした」

「いや? 全然。指の隙間から観てるタイプだから」


 入り口の目立つところに雑誌を並べ、「じゃあ当番がんばれ」そう言い、先輩は図書室を出た。


 怪奇特集ねぇ〜……。地域で特色はあれど、よく知ってる学校の怪談。学校で禁止になった遊び。幽霊の目撃談、霊感がある人の話。


 何処からか高い音がした。ここ数日、ホラーのエンタメを見てるからか、変な想像をしそうになった。


 図書室内をぱっと見た感じでは、大きな変化は分からない。音を頼りに原因を探すしかないな。耳を澄ませて室内の奥へと進んだ。音もハッキリしてきて、生温い風を浴びる。


 指が入る程度、窓がそのくらい開いていた。それだけだ。全てが解ると、さっきまで怖じ気づいていたのが馬鹿らしくなる。今にも降りそうな空、窓を閉めて鍵をかけた。



 *


 暗い空、風がうなる。台風による天気のヤバさ。直撃はまぬがれるらしいけど。ひょっとしたら警報に変わり下校になるかもしれないと、自習になった。


「図書室にある本で、変な噂があるの知ってる?」

「なにそれ、知らない」

「なんかね、見た目はちゃんとした本なのに、内容はまっしろなんだって」

「それ、本っていうの?」

「貸し出しのリストの日付、増えてるらしいよ」

「誰が借りてんのよ。てか、さっきから怖い話っぽく言ってる?」

「自習だし暇じゃない。ちょうどいいと思って」


 女子二人の会話に耳を澄ませていた。いや違う。図書室に不気味な製本があること。実際に見て触ったことがあるから、神経が働いて聞いてしまったんだ。


「井之上くんて図書委員だよね。噂とかない?」

「そういうのは……聞かない、かな」


 あーびっくりした。話しかけられるなんて思ってなかった。


「やなことが起きそうな、今日がぴったりの日ではあるけどねー」

「警報になるかもって話じゃん。図書の当番せずに済む」


 チャイムが鳴る十分前、先生が戻ってきた。職員室であったことを話さない様子に、クラス皆が通常だと察したように思う。


 女子二人にみつめられる恐らく、いや確実に、本当にある話なのか調べてきて欲しい――そういう目だった。


 カウンターの向こう、椅子に一人分の荷物。浅倉さんの物だろう。


 例の製本ってどこにあるんだ? 浅倉さんが見せてくれたから存在を知れたわけだけど。


「井之上くん? なにか探し物ですか?」

「クラスの女子から妙なことを聞いてしまって、検証というか?」


 浅倉さんの瞳はきらきらしてくる。「その妙なこと、というのは?」

「例の本、貸し出しリストが更新されてるらしいんだよね」

「借りていて日付が増えてるということになりますね!」

「……そう、なんだけどさ」


 何でそんな嬉しそうに話すんだ。図書室で怪奇現象があるかもしれないのが、そんなに嬉しいのか。

 仮に幽霊がいたとして、日付は滲み出てくることになるのか?


「浅倉さんは、日頃あの本がどこにあるのか知ってる?」

「友達からは奇妙な噂があるんだけど……と聞いていて、見つけたのは返却ボックスです」


 図書室の出入りに置いてある。持つところが付いてて普通の箱だが、それを横向きに置いたものが返却ボックス。


「おぉ……あった」

「ほんとですか?!」


 後ろの貸し出しリスト、確かに日付が増えている。


「ここに書いてあるのって、何曜日なんだろうな」

「わぁ――ワクワクしてきますね! 調べてみます」


 浅倉さんが調べてくれた結果は、月曜から金曜までだった。毎週借りてその日のうちに返却がある……。

 月曜日にリストが追加されたら次は、次週の火曜日に追加があるという事になるわけだ。

 規則性があるなんて、ちょっと厄介だな。隣に居る浅倉さんのテンションが上がってしまうじゃないか。


「謎めいてきましたね!」


 やっぱりな。


 浅倉さんのオススメ、ホラー動画を参考にするなら、カメラを設置して変化がないか探るわけだが……学校でそんなこと出来るわけが無い。


「借りて一晩持ってればいいのか」

「私が借りましょうか? 万が一にでも日常におかしなことが起きたら大変ですし」

「いいや? 俺そういうの信じてないから問題ない」


 押し問答をしばらく繰り返したのち、面倒になってきて、例の製本は彼女に託すことにした。エンタメの恐怖だけでは足りないようだ。



 *



「ホラーを難しそうな顔して観るとか」

「は?」


 動画を観ているその姿を、風磨に突っ込まれた。重たい雲だったから降るかもしれないと、教室での昼休憩。窓に映ったその顔は、酷く不機嫌に思えた。


「……説明が出来ないのは、情報が少ないからだよな?」

「そうなんじゃない? え? なんのこと?」


 図書室に幽霊がいるかどうか? 科学的根拠を示して? 俺は何がしたいんだ。実際に奇妙なことがあった、そういう結果が嬉しいに決まってる。俺はその逆をいきたいけど。


「ごめん、遅くなった。大翔くんそれ、人気のやつ」


 コンビニのレジ袋を片手に、愁も合流。


「愁が言ったから興味出たんじゃない?」

「え、そうなの?」

「同じ委員から、面白いって聞いたから」


 風磨は腕組みをしてポツリとこぼす。「同じ委員? 相手は女子だね」


 その線から考えだしたら、答えはひとつしかねぇよな。


「大翔くんは、その人が気になってる」

「何でもかんでもホラーに結び付けるのが気に食わねぇの。それだけだ」


 内容はどうであれ、語れる相手がいるのは、正直嬉しいかな。




 鍵が掛かる音が虚しく広がる。日誌と鍵を職員室に持っていって、日直のことは終了だ。


 俺の足音が、それだけがよく耳に入るほどの静けさ。図書室に差し掛かる。ガラス扉、なんとなく覗き込んだ。カーテンが揺れて、知ってる後ろ姿が現れる。


 浅倉さん? なにして……。


 指を掛ける、びくともしない引き戸。戸締まりで窓を開けたままって、そんなのないよな。そもそも何で浅倉さんが?


 室内から足音が聴こえてきて、セーラー服の女子がガラス越しに見えた。鍵が開けられる。


「ごめんなさいっ、撮影してて」

「さ、撮影?」

「室内にいる人、大体は演劇部で、文化祭用に撮ってました。用事ですか? 一旦止めるよう言ってきますね」

「あぁ、いや……鍵閉まってるのに、窓が開いてたから不思議に思えただけなんで」


 次いで来たのは、浅倉さんだ。例の製本を抱えながら。


「井之上くん? 放課後に図書室ですか?」

「日直で残ってたんだ。俺のクラスから近いし」


 階段を下りるのに図書室の前を通過しないといけないのは本当。これまでの謎解きのような、奇妙な事があったから気になって寄ったのは内緒にしておく。知ってしまったら喜ぶに決まってる。


葉子ようこちゃん、同じ委員って……?」


 演劇部の女子は指先をそろえて、こっちに向けてきた。その姿を見た浅倉さんは頷く。

 知らないところで、俺の話をしてるらしい。


「物語に使えそうな展開を用意できたらよかったんだけど、井之上くん……現実主義なところが多くて」


 悪かったな、面白みが無くて。


 演じる前にストーリーが必要。演劇部の女子は浅倉さんに相談をした。

 ホラーが好きな浅倉さんは、小物を使って何かが起きるかもしれない物語の始まりを作ろうとした――って感じか?


「そのよく出来た本は? 調べたら手頃な額で作れるのが分かったけど」

「それは、あたしの姉が作りました。今言ってくれた方法で」


 さらに人が来る。


「……誰かに用事かい?」

「あっ、部長。こちら図書委員の方でした」

「あー、そうなんだ。ところで、物語のネタは出来そう?」


 明るく話していたのに、雲陰りする。何でだ。もしかしてここ数日の俺の反応が微妙だったから?


 見ている、そう感じて視線を移したら、浅倉さんだった。どうしましょうって事か……?

 例の製本を目の前にして、俺が思ったこと、考えたこと。知られて困ることは何も無い。


 良いアイデアとなるなら……「ここ数日間の、浅倉さんに振り回された事を使ってもらってもいいっすよ」

「井之上くんを困らせたりしましたっけ!?」

「俺の反応で使えるところがあればって、計画してたんだろ? 意味は同じだ」


 頬をふくらませていじける浅倉さんを、演劇部の友達は笑い、協力してくれたことにお礼を言った。

 去り際、本人の知らないところで話が進み、巻き込んでしまったことを謝られた。

 良いものに仕上げることを条件に、今回の話は済ませた。ネタを作るのに必要としていたのは俺の反応だったみたいだから、その辺りに対しての憤りで。全部知ってた上での協力なら、楽しんでたと思うから。


 夏休み明け、いつも通りの昼休憩。


 小さく手招きしてきた愁。大事な話か、近寄り耳を澄ませた。「図書室に不気味な本があるらしいんだけど、大翔くん知ってる?」


「日付が増えてるってやつ?」

「そうそれ! ちょっと怖くない? 本の内容、書かれてないのに借りてる人がいるんだよ……」

「まあ、そうだな」


 風磨はというと、笑っていた。俺と同じ考えからかもしれない。全て知っている以上、仕掛ける側か。


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