エピローグ 墓守達の眠る島

 朝、窓から差し込む光で、いつものようにグレイヴは目を覚ます。


「夢、か」


 あの日のことは、今でも脳内の引き出しの一番手前にある。だからこそ、いつまでも夢にひょっこりと出てきてしまうのだろう。


「珍しく晴れた日に限って寝坊とは、もったいないな。グレイヴ」


 眠い目をこすりながら声の方を見やると、男の他にもう一人、美しい女の精霊が微笑みながら佇んでいた。


「どうしてもっと早く起こしてくださらないんですか。リリア様が来ていることを聞けば、きっと飛び起きたでしょうに」

「馬鹿、現に起きなかったからこうして寝坊しているのだろう」

「あらあら、グレイヴにパートナーが出来たと耳にした時は驚いたものだけど……随分仲良しなのね。安心したわ」


 どこが、と呆れた目を向けた二人を見比べて、リリアは一層嬉しそうに笑った。


「でも、いいのかしら? グレイヴ。パートナーが出来たのなら、墓守なんてやめていつでもこの島を出ていってもいいのよ。いくら花の力で数百年生きられるとはいえ、所詮は人の子。精霊の寿命には到底及ばない。……限りある命であることに、変わりはないのだから」


 この島を出て、世界を飛び回る。そんなかつての自分が夢見た自由は、もうグレイヴの目前にあった。しかし、彼女は選ばなかった。

 選べなかったのではない。島を捨て、墓守でなくなることを自ら拒否したのだ。


「いいんです。魔法使いの死に寄り添い、見守り、そして精霊との別れを見送る。私がそうすることで、喜んでくれる方たちのために、私は墓守であり続けたい。今は、そう思っています」

「……そう。ならばもう、余計なおせっかいはなしにしないとね」


 沈黙を破るようにリリアは顔を上げ、男の方をチラリと見る。


「じゃあ早速、グレイヴの魔法をお願い。そのために、私はここに来たのだから」

「かしこまりました」


 男は流れるようにそう答え、グレイヴを連れて目的地へと飛ぶ。

 降り立った場所に咲く、色とりどりの花。その一つに手をかざし、グレイヴは大きく深呼吸をした。


「グレイヴ」


 男の声に呼応するように、グレイヴの中で魔力の奔流ほんりゅうが高まっていく。


「主たるエレンより命ず。のものを模倣し再構築せよ」


 一瞬の光ののち、グレイヴの手には本物と瓜二つの造花が優しく握られていた。


「リリア様。どう、でしょうか」


 亡き主人の移し身を手にして、リリアの笑みに切なさが浮かぶ。


「なるほど。これは——あなたにしか、出来ない」


 ありがとう、と呟いて、リリアは空の彼方へと消えた。


「ところで。私が眠っている間、リリア様とは何をお話に?」

「別に、大したことじゃない。名前を聞かれたから少し答えたくらいかな」


 名前、と聞いて、契約を交わした日のことがグレイヴの頭をぎる。


「墓守、エレン。君があの日、くれた名だ」


 蘇ったその日から、男は自らの名を捨て、グレイヴに新たな名前をねだった。

 エレンダールの花からとって、エレン。安直さもぬぐえないが、本人はそれをいたく気に入ってしまったらしい。


「後悔は、していないのですか。私と契約した上に、この島の番人となってしまったこと」


 しばし考えを巡らせるようにうなだれて、男はふと口元をほころばせる。


「なんで、笑ってるんですか」

「いやなに、同じ肩書きであることが誇らしいと言ったら、君は怒るだろうかと思ってね」

「からかっているつもりですか」


 ほらやっぱり、と吹き出す男を無視して、グレイヴはいつも通り、精一杯の敬意を込めて花に水をやった。


「……でも」


 小さな恵みの雨の後、かすかにしたたったその本音は、島に眠る魔法使いのみぞ知っている。


「それ以外の感情は、確かにあるのだと思います」

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魔法使いの眠る島 御角 @3kad0

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