第12話 アイツが帰ってきた(前回の続き)

「巣がなけりゃ勝手に死ぬやろ」


 一匹取り逃がしたものの、安心しきった私は、ハチの巣入りの網を玄関に放置したまま仕事に出かけるのでした。

 ゴミにだすのは明日です。慎重な私はあわてて死体にさわったりしない。

 ハチは死んでいてもハリを刺すことがあるからです。

 丸一日、炎天下に放置して確実な死をくれてやろうと思ったのです。


 やがて、仕事が終わりました。

 近所のスーパーに行って殺虫剤を買います。


 そうです。

 ハチ専用殺虫剤。

 射程10メートル、ポトリと落ちる、反撃させるスキを与えない、四か月間巣をつくられない。そんなキャッチフレーズのニクいやつです。


「これで怖いものはねえ!」


 気分は聖剣を引き抜いたアーサー王。

 意気揚々と家に帰るのでした。


「殺虫剤は玄関に置いておこう」


 ハチの巣を作られたのはこれで二回目。殺虫剤は目につく場所に置いておきます。

 二度あることは三度ある。いつでも対応できるようにしておくのがデキる男なのです。


 つぎの日。

 ガチャリと玄関を開けると、いるではないですか、ハチさんが。


「なんか見覚えあるな」


 あしながバチです。

 それもけっこうな大きさ。


「まさか、あのとき逃げた一匹?」


 帰ってきたのでしょうか? もう巣は駆除したというのに。


「おや?」


 このハチ、様子が少しおかしいです。

 花にとまるのでなく、虫取り網の上にとまってウロウロしています。


「もしかして……」


 女王バチではないでしょうか?

 そういえば、殺したハチより一回り大きいです。


 虫取り網の中には、死んだハチたちがいます。

 変わり果てた我が子の姿に涙しているのではないでしょうか?


 なんてこった!

 私も人の子の親。

 女王バチの気持ちを思うと胸が痛くなりました。


「すまねえ、すまねえ、すまねえ」


 シュー。

 しかし、それとこれとは話が別。

 また巣をつくられたらかなわんと、新品の殺虫剤をかけるのでした。


「ふははは、死にさらせ!」


 怖いので家の中から殺虫剤を噴射します。

 扉をちょっとだけ開けて、その隙間からシューっと。


 さすがハチ用です。

 シュ―などとカワイイ音ではなく、バオオオオと勢いよく噴射されます。

 虫取り網の上にのる女王バチに直撃です。


 ――ところが。


『今日は風が強いなあ』

 

 そんな表情を浮かべた女王バチは、殺虫剤の強風に耐えただけでなく、何事もなかったかのように、どこかに飛んでいってしまいました。


「あれえええ?」


 そんなバカな話はありません。

 高い金をだして買ったハチ専用の殺虫剤。あの聖剣エクスカリバーがまさかの空振り?

 

 殺虫剤のラベルを確かめます。

 強力噴射。一撃必殺。反撃するスキを与えない。四か月間巣をつくらせない。などと心強いキャッチフレーズが確かに書いてあります。


 私は幻を見ているのでしょうか?

 ハチ専用殺虫剤は、ハチが即死するほど強力って聞いてたんだけど?

 アイツまともに喰らってたよなあ。普通に飛んでいったんだけど?


 あたりには女王バチの死体などありません。

 ただ、殺虫剤のさわやかな香りが残るだけでした。


「俺、なんか勘違いしてる?」


 この殺虫剤、殺虫剤っぽい匂いじゃありませんでした。

 ちょっとサワヤカ。たとえるなら柔軟剤っぽい匂いです。


「俺、ハチにファブリーズした?」


 ハチを消臭してやったぜ、ワイルドだろう?

 などと、スギちゃんになってみたところで、手に握っているのは確かに殺虫剤。

 残された可能性は、殺虫剤がクソか、ヤツがメカかのどちらかだ。


 ハチ型、高性能ロボット。

 それなら殺虫剤がきかないのもうなずける。


「あれはエイリアンのメカだった?」


 みなさん、わたしが消息を絶ったら、N〇SAにご連絡いただけるよう、よろしくお願い申し上げます。

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何の役にも立たないエッセイ集 ウツロ @jantar

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