第9話
後日の昼休み、会社の屋上で安藤はスマートフォンのニュースの見出しを読み上げた。
「介護の負担が原因で殺人か、それとも自殺
画面を見せたが、吉田は一瞥しただけだった。
「見せなくていいって、どっちにしろいたたまれないだけだろ」
青々とした夏空の下、心地よい風がワイシャツを揺らしていた。
事件の真相はこうだった。
あの軽自動車を運転していたのは、あろうことか安藤が苦し紛れにひねり出した妄想と同じ名前の岩谷守造という男性だった。
守造は介護疲れで抑鬱状態となっていた。後部座席に横たわっていた妻との間に子はおらず、地域とのつながりが元々薄かったこともあり、孤立状態になっていた。
妻を殺害し、車に乗せ、山奥で自らも命を落とす、つまり無理心中をするつもりだった。
しかし何の巡り合わせか、たまたま自分の名前を知っていた人間に声をかけられてしまい、我に返って自分がしたことの罪悪感に耐えきれず、その計画は頓挫したというわけだった。
ただ、この話にはまだ続きがあった。
守造の妻は生前に遺書を残しており、そこには「あなたにはいつも世話になりっぱなしでした。だから私を殺して欲しい」と書かれてあり、さらに具体的な殺人の方法や日付まで書かれていたのだ。
結局のところ守造のやったことは罪に問われるのだが、それが殺人罪なのか自殺幇助罪、つまり自殺を助けた罪なのかで判断が揺れるという珍しい事態になったのだった。
守造はその遺書について「妻はいつも予知的な言動をしていた、自分はその遺書について知らなかった」と供述しており自殺幇助を否定しているという。
「……こいつは、嘘から出た誠ってやつですかね」
安藤が言うと、吉田は「マジでお前、何も知らなかったのか?」と尋ねた。
「そりゃもちろんです。だってたまたま出張先で前を車で走っていただけの人ですよ?」
吉田は眉間に皺をよせて、不服そうな顔で唸った。
「でも、煽らなくてよかったでしょ?」
「え? いや、それは。うーん……」
頭を抱えてしまったのだった。
妄想車間距離 園長 @entyo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます