第3話 大雪の日

 冬は苦手だった。特に雪は大嫌いだった。

 TVドラマで観るように、しんしんと降るのなら趣があって良いと思うが、この町の雪は暴力的な荒れ方をする。轟々と吹きすさぶその姿は台風と変わらない。風が殴りつけるように窓や壁に当たり、朝起きると窓が雪で埋まっていたりする。

 そして、酷く冷たい。

 私は雪に触れると、心の熱まで奪われていくように感じる。

 そんな雪で覆われる冬は、自分が死に向かって行くのを感じる。雪に埋もれていく町を見ていると、この町そのものが雪によって全ての熱を奪われ、終末に向かっている気さえする。

 だから、私は冬の間は滅多に外で遊ばなかった。

 そもそもこの町の雪は、水分が多すぎて雪遊びに向いてない。手で丸めるとやたらと固くなる上に、手袋が水でびしょ濡れになる。濡れた雪玉は実際の温度以上に冷たく、すぐ手がかじかむ。

 冬は基本的にTVゲームを持っている子の家に行って、ぬくぬくとしたリビングでゲーム大会をしていた。

 この一見快適な遊びの盲点は、帰り道にある。

 冬の天候は変わり易い。行く時は少し曇っている程度だった空が、気づけば猛吹雪になっていると言うのもよくある話だ。

 その日も友人に促されて窓を見ると、窓が雪で埋まっていて外が見えなくなっていた。

「家に電話したら」と言われたが、過保護な祖母の事だ、迎えに行くとか言いだすことは分かっていたので、連絡せずに友人の家を出た。

 友人宅から私の家までは、徒歩で15分ほどだ。晴れていれば。

 白い嵐の中では、皮膚感覚はおろか時間の感覚すら失われ、歩けば歩くほど家が遠ざかるような気がした。

 冷たい雪が真正面から私の顔を殴りつけるので、私は鼻が痛くなってしま い思わず夜を向いた。すると今度は頬が痛くなる。

 天気予報ではその日はずっと晴れだと言っていたので、私は軽い防寒具しか来ていなかった。その為、体の隙間と言う隙間から雪が入って来て、私の熱を奪っていった。身動きが取れなくなりそうだったが、こんな所で倒れたら通行人の迷惑になると思い必死に歩いた。

 もっとも、私以外には車も人も通ってなかったが。

 真っ暗な雪道を歩いていると、ふと、妙なものを発見した。

 真新しい雪道の上に、黒い跡が点々と続いていた。

 近付いて良く見てみると、それは血の跡だった。

 後を辿っていくと、それは前方の曲がり角に続いていた。

 曲がり角を覗いてみると、そこには何もなかった。

 その道は繁華街へと続いているはずだが、何も見えなかった。明らかに雪のせいでは無かった。吹きすさぶ雪の向こうに真っ暗な闇がある。そこには風すらないように思えた。

 私は怖くなってその場を去ろうとした。その時、女性の悲鳴が聞こえた。何を言っているのか定かではないが、明らかに助けを求める声だった。それは闇の向こう側から聞こえた。

 反射的に向こうへ行こうとして、誰かに肩を掴まれた。振り返るとそれは祖母だった。

「あかん。」

 祖母はぐいと私を引き寄せ、「聞いたらあかん。」と私に言った。

 私は、「でも、誰かが泣いてるよ。」と言ったが、祖母は「あれは風の音や。」と言って私の手を引いてずんずん歩いて行った。

 それでもまだ私がその女性を助けなくていいのだろうかと迷っていたら、女の泣き叫ぶ声がだんだんと大きくなり、終いに断末魔のようになった。通り魔に殺害される被害者を想像させるような声で、私は祖母の手を振り払って再び女を助けに行こうかと思った。

 その時だった、女の叫び声が笑い声に変わった。

 私はそこでようやく、あれが人の声でないと分かり、背筋が凍りつくのを感じた。

「聞いたらあかん。耳塞いどき。」

 言われた通り、私は帰り道まで耳を塞いで帰ったが、手の隙間をぬって女の叫ぶような笑い声が耳に入り込んできて、私の心を凍らせて歩みを鈍らせた。

 こんな事が大雪の日にはよくあった。

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お祖母ちゃんと僕 野墓咲 @hurandon

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