第4話 顔面にピースマーク

 段々と爆弾の雨はおさまっていった。

 長い戦争が終わるのとはちょっと違う。理由のないものにせき立てられて、競うように技術の腕を試していた頃のつきものが落ちるように、破壊の虚しさが天才達の知的好奇心にひと段落付けたようだった。


 どこかの科学者が記憶を持って帰れるのなら、人工的に脳に流した電気信号も24時間前に持って帰れるという仮設を実証しようとしていたが、どうにもこうにもうまくいかなかったらしい。その頃から行きすぎた天才達の暴走は終わり始めた。


 終わらない金曜日が始まってもう数千年経っていた。


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 最初山に行き始めた頃は、不規則に伸びた木の蔓や、不思議と統一感のある地面の石ころが美しく思い眺めていた。

 だけど、何千年も通うと山のもの全てが記憶されてしまった。

 まるで子供の時に壁紙の境目を見つけて、よくみると同じ模様が繰り返されているだけだと気付いたように、自然の不規則と思われたデザインは魅力を失ってしまった。

 

 キノコや木の実を食べるのも飽きてきた頃、全く人工音のない場所で座って目を閉じて考えることが増えた。


 初めは山の事細かな配置や、いつものタイミングで鳴く小鳥の声を意識し、ループしているのは人間だけだとつくづく思う。

 ひょっとして限りなく現実に近いVRなんじゃないかと疑うと、次の瞬間には部屋のベッドの上にいる。そしてまたやることもないので、山に行って瞑想した。

 同じような人間はどんどん増え、みんな周りのことなど気にもせず一人一人、自由な格好で物思いに耽っていた。


 ある日俺がいつも座っているところに知らない女が座禅を組み祈るように瞑想していた。

女は事務職のOLのような制服姿で、手を合わせ、上体を組んだ坐禅の中に倒している。あぐらをかいて深くお辞儀をしている状態で、顔は分からないが2、30代くらいなのが、スキンヘッドの後頭部で分かった。

 後頭部にはつむじからうなじまで、刃物で切った傷が綺麗に縦に入っていた。血の渇き具合で今朝つけたものであろうと分かる。不思議に思い声をかけてみた。


「何をしているんですか?」

 女は顔を上げて恥ずかしそうに、笑顔で答える。

『次元上昇しようとしているんです。』


よくわからないが、なんだか気持ち悪いので会話を続けた。

「次元上昇は、どうやってやるんでしょうか?」

『今全ての方法を試しています。今回は脳の色んなところを触って、効果を見ています。』


 気さくに教えてくれた女の顔にはピースマークの傷が入っていた。後頭部は脳で実験するときにつける傷だが、顔面の方は気分を上げるためにやっているらしい。

気になって俺も次の日から顔面に包丁でピースマークを入れてみた。結構気に入ってしばらくやっていたが、どうせ家に戻るのなら山に行かなくてもいいかと思い、山に行くのもやめてしまった。

 全てがどうでも良くなり、数十年くらいはずっとベットでただ寝るだけの生活をしていた。


 それでも人類はループし、永遠に金曜日を続けている。

あの山であった女はどうなったか気になり久しぶりに外に出てみた。



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 家を出るとやたらと駅前が騒がしかった。

みんな顔面にピースマークの刃物傷を入れ、アセンションがどうの、次元上昇がどうのと議論している。


 気になって俺も話に加わってみると、

『このループはいつか必ず終わり、その時に人類はどうするのかを試されている。次の次元にアセンションしなければ明日に相応しくないとみなされ、我々の中の我々が明日を拒んでいるのだ。そのために君もアセンションについて、話し合おうじゃないか。』

ということだった。


やたらと腑に落ちた。

意味不明なループを押し付けられ、そこから抜け出す方法もわからず数千年間出口の無い闇を彷徨った俺は、己の欲望や好奇心あらゆる我の執着を捨てた状態になって、初めて、このループから抜け出す方法を、の意味で建設的に話合うことを始めたのだった。


 どういうわけかループが始まって数千年ったこのくらいの時期に、世界のあちこちでみんなが方法を求め出した。

 老若男女、ゲイも障害者も犯罪者も、人種も宗教も立場も関係なく、平等で理性的で、全人類の心がまるで一つになったかのような一体感があった。

 

 今までに技術で、理論で固めた他力本願な解決方法じゃなくて、全世界の人々が全く同じ思想まで一気に上昇したような熱が、俺の住む極東の田舎町まで吹き荒れたのだった。



続く

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