第6話 不死のぴえん
人類が終わらない金曜日の中でもがき苦しみながら、もう数万年が経つ。
民主主義ヘルメットが全ての人間を一体感に包み込んでから、土曜日がやってくることはなかったが、今までとは違う安心感を我々にもたらしてくれた。
苦しんでいる人を誰も見過ごさず、思想の違いが対立せず、尊厳を持って気軽に話し合える環境が手に入った。
論破もマウンティングも存在しないし、数万年間個人の頭で磨かれた思想は全て、完璧な理論と説得力と、ある共通点があったからだ。
善とは何か?
全ての人を幸福な状態に保存する方法は何か?
旧時代の人類の傾向からすると、我々地球人は真民主主義を経て、明らかに次元上昇を達成したと言えよう。
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我々が完全なるリラックスを手に入れてから、明日が来ないことがもはや日常になった。奇数日は体を動かし、偶数日は仲間と街角で話し合い、日が暮れると飲み会やカラオケなどをし、そこそこ楽しんでいた。
7の倍数の日は民主主義ヘルメットを装着し全世界の人間と理論を昇華させ、時間が余れば気が合ったもの同士、スマホの充電口から会いにいくこともできた。
この世界のものも人も、決して減ることはなく、24時間経てば必ず再開できるからだ。
一度酔っ払った友達が、
『サヨナラー』
と言いながら道路を横切ろうとした時、飲酒運転の練習をしていた16歳の少女に轢かれて絶命した。
何やってんだよーと言いながら路肩に死体を安置し、恥ずかしそうに車を降りてくる少女に、
いいから!もう死んじゃったから!と言って、運転の練習に戻るように促した時、ハッとする。
明日がきたら、
こいつはもう生き返らないし我々はあの少女を恨むだろうか。
数万年のループは命のあり方を変え、そして我々はそれを前提として生活することに慣れすぎてしまっていた。
ループがなければ、何世代も繰り返す歴史の中で、ループしていたなんて忘れ去られてしまうだろう。
しかし、我々は同じ人間が記憶を蓄積し続けているため、恐ろしいタイミングが来ることを
そういった瞬間、はるか昔に忘れてしまった、痛み、悲しみ、切なさ、といったネガティブな感情が、死火山の山頂を吹き飛ばすように噴出する。
こういうバッドな心理状態を昔の言葉で ぴえん と言った。
「俺今日ぴえんだから、帰るわ。」
『そっか、明日は運動の日だから、たくさん体を動かそうな。』
友達たちは俺を励まして、それぞれ帰路についた。
数万年のループは、死から不死へと恐怖の対象を変えていた。そのため我々は身体的な痛みを感じなくなっていた。
全ての人類に段階的に起こり、おそらく、たった数100年で、全人類は痛みや死への恐怖を感じなくなっていた。
ループが不死の恐怖を生み出し、数万年をかけて人類はやっとリラックスの境地にたったが、
ループからの脱却が死の恐怖の再来で、しかも死の恐怖はまだ解決していない。
我々を取り巻く環境は未だ、神が降るサイコロの目に、死と不死の恐怖に、板挟みに置かれている。
それでも我々はこのループからの脱却を求めている。それが我々の最大限の幸福だからだ。
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その頃、ループが始まって以来最大の変化が訪れた。
宇宙人がやって来たのだ。
続く
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