第2話 そして俺は冬服を捨てた

 全人類がスイッチを手にして数十年が経ったが、あいも変わらず俺たちはループし続けている。


 妊婦はずっと苦しみに耐えて出産し続けているし、飛び降り続ける男はもう声も上げなくなった。



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 随分昔の今日の記憶だ。

 そのころはまだ前時代的な価値観が転換してなく、苦しみ続ける人を救う方法が痛みを和らげる事しかできなかったと思う。

 毎日、苦しみからスタートする人にモルヒネを打ち、その日、1日を耐えさえすれば、また来る明日も同じように対処する。


 全く生産性がないし、もういっそ殺してくれ、死なさせてくれと自ら命を終わらしても、目が覚めればまた苦しみから始まる1日がぽっかりと口を開けて待っている。

 科学技術を発展させようとしても、積み上げたデータは翌日になれば跡形も無くなってしまう。頭の中以外のものは。


 そしてこの宇宙船地球号にはあらゆる天才が積まれており、摩訶不思議なループは彼らが現代が抱えるあらゆる問題を無しにして、自分の好きな研究に没頭できる時間を与えたのだ。

 天才達は様々な方法で、前日までの理論の蓄積ちくせきを人間の脳にしまい、また繰り返す今日に持って帰ってきたのだった。

 まず爆発的に進化したのは医療だった。


 数十年で、飲むだけで一瞬で健康になる薬が誕生し、1日の始まりとともに、瞬時に大量生産された。これにより、体の苦しみから人類は解放された。


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 いい時代だった。

この技術があれば、たった1日で人類の医療は100年以上進んだ。もうこれ以降は病気で苦しむこともないし、健康で過ごせる。


 さらに、人類の寿命が伸びることで引き起こすあらゆる環境問題や食料問題も研究され尽くされ、人口密度に比例して人類が小さくなり、環境負担をかけない自然エネルギーの好循環を発明し、すぐに実行に移せる準備が整った。


 準備は整った。

全ての研究結果や技術はオープンにして全世界で共有し、あとは今日を終わらすだけだ。もうこれ以上今日を繰り返す必要はないはずだと、多くの人が思った。


 だが、今日は一向に終わらなかった。

何故かその頃の記憶は今でも強烈に覚えている。

終わらない秋の中、俺はベッドの下に入れていた冬服を燃やして捨てた。


 そして、これ以降の数百年間は命の価値がどんどん低くなっていった。



続く

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