第3話 魔王と女神の出自

「グロリア様の、悪行……? 聞くに値しませんね、魔族のたわごとなど……!」

 あくまでも穏やかな態度を崩さずに追い詰めてくる魔王に、アーシェは叫ぶ。女神グロリアの悪行……。聖女として、何を聞かされようと信仰を揺るがせることなどないという意志をもつアーシェだが、万が一ということがある。心を乱す言葉など、聞きたくなかった。


「そうですか。ですが……」

 魔王がはじめて、激しい動きを見せた。力強い腕でアーシェを抱き上げ、正面から視線を合わせる。「っ!?」見透かすような赤い瞳。美しい、とアーシェは思わされた。相手が魔のものと思って意識しないようにしていたが、直視してみれば魔王の美貌は抗うことが難しいほどのものだった。アーシェは女神への信仰と魔族への敵愾心を奮い起こして抗うが、そこに魔王の視線から情報が流れ込む。


(これは……魔王の記憶!?)

 そう、流し込まれるのは魔王の記憶だった。


 数100億年前、「地球」という星があった。栄華を極めたこの星はしかし、発達しすぎた文明を支えきれず、自壊する形で滅亡する。


 それから数十億年がたち、滅びた星に再び命が芽吹いた。トゥルクティアと名付けられた世界の新たな主神・女神ニンマハは光と慈悲の女神であり、闇から生まれた姉弟であり魔王・ギンヌンガァプとの長い闘争の結果、相討つ形で倒れる。


 この女神と魔王の兄弟から最後に生みおとした最後の12柱の神群、その男神の首座が魔王オディナであり、女神の首座がグロリア・ファル・イーリスであった。


 グロリアは竜の特性を強く持った竜女神であり、雷光を司る戦神であると同時に、滅びゆくトゥルクティアの次の世界を担う【創世】の力をニンマハから受け継いだ。生み出す力はグロリアに十分にあったが、構想を形にする能力はグロリアにかけており、それを備えていたのがオディナだった。グロリアはオディナに乞い、世界のプランニングを任せる。グロリア、オディナ以外の10柱の神々は首座たる二柱の神に及ばないものの、それぞれの分野に能力を発揮して創世を助けた。


 そうして、新たなる世界アルティミシアが誕生すると。グロリアはそれまで自分の手足として働いた神々をことごとく殺した。攻め殺し、複数の神が同盟して対抗しようとすると騙し討ちや謀略を駆使して殺した。すべては自分を唯一絶対の存在として君臨させるために、自分に並ぶものは生かしておかなかった。


 最期にオディナが残ったが、自分自身と対等の力を持つオディナだけはグロリアも殺せなかった。かわりに彼を神の地位……神座から落とし、魔王として貶めることで人間からの信仰を集めることができないようにした。信仰が集められない以上、神は力を維持できない。オディナは自分の神力を変容させ、魔力という別の力に変えることで生き延びる。これでもなお女神と対等の力を持つオディナをグロリアは殺せなかったので、後始末を人間に託した。人間の中にごくまれに発現する特異な血、魔王を殺すことだけに特化された【魔王殺し】を産み落とさせることで、彼が魔王を討つことを期待。オディナは歴代の【魔王殺しの勇者】に討たれ、転生し、生まれ変わる都度また魔王殺しに殺される。絶大な存在力故に、滅び去ることも許されずに死を繰り返した。


 そして数億年。かつて自分の座を脅かす神の存在を恐れて姉弟神たちを殺した女神グロリアは世界の統治に飽き、自分を脅かせない程度の下働きの小神を創り出して地上の諸国に「主神」として配すると、自らはウェルスの峻厳な山脈「神域の霊峰」に姿を隠した……。


「そんな……グロリア様が、姉弟殺しを……?」

「無類の女神ニンマハ信者であったグロリアはニンマハがほかの女神たちの裏切りに苦しみ、魔王ギンヌンガァプと相打ちで終わったことが許せなかったのです。わが姉弟を殺したことも、わたしに永遠の地獄の呪いを与えたことも許されることではありませんが」

「で、ですが……、この程度でわたしの信仰を揺るがすことは……」

「この程度で、終わりだとお思いですか?」

 魔王はやや強くなじる口調で、アーシェを遮る。「わたしが経験した地獄は、この程度ではありません」そう言って、再び視線を合わせた。

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黒き翼の大天使1800_金の聖女と銀の魔王 遠蛮長恨歌 @enban

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