サヨナラだけは、遥か彼方(講談社NOVEL DAYS課題文学賞優秀賞)

タカハシU太

サヨナラだけは、遥か彼方

「キョースケくんの家、今日引っ越しなんだって。知ってた?」

 お母さんが朝のゴミ出しで仕入れてきた情報だった。

 磯川恭介が? そんなの、聞いていない。

 三月、春休み。宿題もないので、まだ出しっぱなしのコタツの中でごろごろしていた時だ。アタシは動揺を隠そうと平静を装った。

「ふ~ん、そうなんだ」

「マキ、手伝ってきてあげたら?」

「考えとく」

 お母さんはそのうちパートに出かけてしまい、アタシはまだぬくぬくとしていた。いや、悶々かもしれない。

 どうしてアイツはひと言も告げなかったのだろう。近所じゃないか。小さい頃は一緒に遊んでいた仲じゃないか。今じゃ、まったく話さなくなったけどさ。

 そうか、思春期の照れというやつだな。さすがに女子にお別れの挨拶は言いづらかったのかもしれない。じゃあ、メッセージでも送っておくか。

 ない。アイツのアカウントもIDも知らない。そもそも、アイツ、スマホを持っていたっけ? イエデンなんて、できるかよ。いや、引っ越し当日だ。自宅の電話は、もう使えないはずだ。

 手伝いに行けって言っていたよな。アイツの家、すごく物が多くて、めちゃくちゃ狭くなっていたもんな。あれを運び出すの、かなり大変じゃないかな。

 仕方がない、行ってやるか。ホント、手伝うだけだぞ。


 路地を二つ曲がって、アイツの家が見えた。ちょうど発車するところだった。引っ越しトラックに続き、アイツんちの車が。

 え? もう?

 父親が運転しているのだろうか。ということは助手席に母親? 後部座席でアイツが小学生の妹ちゃんとふざけ合っているのが見える。

 待て、待て、待て。

 アタシは思わずあとを追いかけた。おっ、これってマンガやアニメでよくあるパターンだな。後部座席の窓越しに手を振ってくる。でも、どんどん遠ざかっていく……って流れ。

 今まさに、現実でもどんどん離されていた。だけど、アイツもアイツの家族も誰も気づいてくれない。どういうことだよ! ここ、一番盛り上がるところだろ! 全米が泣くシーンだぞ! アタシは激怒しているけど。

 このまま大通りに出たら、まずい。でも、ラッキー! 大通りに入る手前で信号待ちになった。追いつけ、追いつけ。

 けど、車体にあともう少しという瞬間に、また発進してしまった。この距離でも、まだ分からないのか、父親は。ミラーを見ろよ。

 右折した車を追って、アタシは大通りの反対側歩道を必死に走った。渋滞なのが幸いして、何度も前方でスピードダウンしては、微妙に距離を縮めてくれた。

 アタシは両手を大きく振り上げながら、斜め後方を並走した。声も張り上げていた。これ、とてつもなく恥ずかしいぞ。

 なのに、スルーかよ。逆に、他の車の人たちから注目され、笑顔で手を振り返してくれた。スマホで撮影しやがる奴もいる。

 あっ、左折して脇道へ入っていった! 横断歩道はない! だが、歩道橋はある!

 駆け上がり、駆け抜け、駆け下りる。なぜ、ここまでしなければいけないのか。


 脇道の奥へ進んだが、見失ってしまった。ああ、何てこった! ジ・エンド。アタシはその場に四つん這いで崩れ落ちた。

 終わった。すべてが終わった。

「マキ姉ちゃん、どうしたの?」

 見上げると、アイツの妹ちゃんがいた。

「お兄ちゃん! マキ姉ちゃんだよ!」

 横を見ると、行き止まりの私道に引っ越しトラックが停車していた。そして、アイツんちの車が一軒家の駐車スペースにある。その家の中から、アイツが出てきた。

「おう、手伝いに来てくれたか!」

 能天気な笑顔がむかつく。

「ここに引っ越したんだ。前の家、狭くてよ」

「マキ姉ちゃん、今度はわたしの部屋もあるんだよ!」

 は? 同じ学区内じゃないか。というより、通学距離、短くなっていないか?

 そういえば転校なんて、ひと言もなかったな。ただの引っ越しかよ!

「マキ姉ちゃん、泣いてるの?」

「汗だろ? 鼻水もすごいぞ。おい、どこに行くんだ!」

 アイツの声が後ろから響いた。アタシは顔から火が出る思いで、逃げるように駆け出していたのだ。

 でも、安心した。ちょっと嬉しいかも。ちょっとだけ。


                (了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

サヨナラだけは、遥か彼方(講談社NOVEL DAYS課題文学賞優秀賞) タカハシU太 @toiletman10

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ