第4話 お兄ちゃんは大変

 夜中の学校で起きた小さな幽霊騒動。あのあと無事に少女は天へと還っていった。

 さいわい俺は生きていて、気づけば目の前に瞳を赤くした日夏がいた。なぜか自分の頬が腫れあがっているのが気になるが、たぶんこれも兄妹愛である。

 倒れていた守衛さんも意識を取り戻し、小春ちゃんの絵を回収して目的を果たした俺たちは、懐かしい下校ルートをたどって帰宅の途につく。


「ごめんね、冬夜くん。痛かったでしょう。幽霊退治を生業としてきた家系なのに、私はまだまだ未熟なの」


「いえいえ、あの子を退治するわけにはいきませんし、あれでよかったんです」


「大好きな先輩とチューできたしね」


 俺と先輩は顔を赤らめ、互いに顔を背けた。


「それにしても楽しかったですわね。わたくし、長らくこういうものに憧れていたのです。どうでしょう皆さん。この集いを定期的に開くというのは」


「いいねそれ!」


「怖かったけど、楽しかったです」


「みんなこういうのに興味があるの? 嬉しいなあ。オカ研は部員が逃げちゃって、思うように活動できないのよ」


「もしかして俺も数に入ってるのか?」


「当たり前でしょ、子供だけじゃ危ないもん。安全な男がひとりいると助かるわ」


「そうと決めればさっそく名前をつけましょう」


 勝手に話が進んでいく。妹の奴隷と化した俺に選択の余地はなかった。でも先輩と夜のデートができると考えれば、それも悪くはないか。


「『放課後美少女探偵団』なんてどう?」


「自分で美少女言うか。だいたいどこに探偵の要素があった」


「わたくし、良いものを思いつきましたわ」


「なになに、教えて!」


「『ろりろり怪奇倶楽部』なんていかがでしょう」


「おー! それいいよ、秋歌ちゃん!」


「うんうん! ステキです」


「……今なんて? ロリ……?」


「『ろりろり』とは、恐怖で落ち着かないことを意味する古い言葉ね。さすがは秋歌ちゃん」


「そ、そんな言葉が!?」


「ジョーシキでしょ」


「いや、そんな単語知らないって! 言語学者かよ!」


「何をそんなに慌てて……。あー、わかった! お兄ちゃん、変な想像したでしょ」


「まあ!」


「最低です!」


「冬夜くん……」


「ちちち、違うって!」


 慌てて弁解するも、時すでに遅し。日夏は手をたたいて、大声ではやし立てる。


「変態! 変態!」


「よせ、人が聞いたらどうすんだ!」


「ほらみんなで、変態、変態!」


『変態! 変態!』


 秋歌ちゃんと小春ちゃんまで調子を合わせる。これだから女の子は苦手なんだ!


「シャレになってねえからやめろって!」


「冬夜くんはそういう趣味があったのね……」


「違うんですって、先輩!」


 とその時、背後から男性の声がした。


「──君たち、ここで何してるの?」


 振り返った先に、群青色の制服を着たひとりの人物が立っていた。帽子には燦然さんぜんと輝く金のエンブレム。


「あ、あなたは!」


「おまわりさん、この人です!」


「ちょ、日夏、なに言ってんだ??」


「どういうことか説明してもらえるかな?」


「誤解しないでください! この子たちは俺の妹とその友達ですよ!」


「無理やり連れてこられたんです……」


「怖かったですぅ……」


「うっ、うっ……」


「おいぃぃぃ!?」


「君、ちょっと署まで来てもらおうか」


「先輩! なにか言ってくださいよ!」


「こんな人は知りません。早く連れてってください、汚らわしい……」


「せんぱーい!!」


「さあ、おとなしくするんだ」


「違うんだ、信じてくれー!」


 すぐに誤解は解けたものの、とんでもない目にあった。

 やれやれ、まったくお兄ちゃんはへんたいだぜ。

 間違えた。大変だぜ……。




 それからしばらく経ったある日のこと。

 結局、俺は日夏に総額六千円もむしられてしまった。あまりにもひどすぎる。妹が脅しを覚えてしまうなんてお兄ちゃんは悲しい。

 しかし誤解をとくための信用が俺にはなかった。それが何よりも悔しかった。


 コンコン。


 不意にノックの音が部屋に響き、情けないほどにドキリとしてしまった。


(またあいつだ。ほんと勘弁してくれよ……)


「開けるよ、お兄ちゃん」


「……本日はなんの用事でしょう、日夏さん」


「なによその言い方。今日はちょっとしたプレゼントをあげに来たの」


「プレゼント?」


「ほら、お兄ちゃん誕生日でしょ」


「これは?」


「映画のチケットよ。それで七十二ななそふた先輩を誘いなさい」


「日夏さん? あ……、ありがとうございます! 日夏さまー!」


 一瞬の間の後、すべてを理解した俺は妹の前にひれ伏した。

 思えば、近ごろ何に興味を示しているか探られていた気がする。しかしお金が足りなくて、日夏はあのような振る舞いに出たのだろう。


「ま、私たちも一緒に行くんだけどね」


「ぐう、それは仕方ないか。でも、それだとお金ちょっと多くないか? みんな千円だし」


「お菓子代とかいろいろあるでしょ」


「それもそうか。とにかくよかった、お前が完全に悪い子じゃなくて!」


「ちょっと、抱きつかないでよ! このロリコン!」


 このとき俺は嬉しくて、完全に油断していたんだ。

 水面下で第二回『ろりろり怪奇倶楽部』の計画が進んでいたのだ。

 町外れにある古びた映画館にて、俺はまたとんでもない騒ぎに巻き込まれることになるのだが、それはまた別の話である。

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ろりろり怪奇倶楽部 かぐろば衽 @kaguroba

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