第85話 アイシャさんvs双頭火竜

 八十九階ボス部屋。


 僕が短転移を使い双頭火竜の注意をひき、アイシャさんがその隙に火竜の巨大な脚に剣で斬りかかる。


「クソッ! やっぱ普通の剣じゃ掠り傷一つ付かないか」


 六十階層でミノタウロスやサイクロプスとも斬り結んだアイシャさんでも、火竜の硬い鱗に剣を弾かれる。


「ならばッ!」


 アイシャさんはバックステップで後方に跳び、左手でベルトポーチからスクロールを一本取り出した。


「エレナ、力を借りるぞ」


 アイシャさんが指を噛み、流れた血をスクロールに付ける。


「我が血をもって神饌しんせんとし、雷精の加護を発動。我が剣にいかずちよ纏え!」


 あれはエレナさんが研究している雷精のスクロールだ。まだ試作品で加護の力が安定しないって言っていた。


 アイシャさんが持つスクロールがプラズマを帯びて輝き始める。


「ウオッ!!」


 あまりの光量に流石のアイシャさんも顔が引きつった。スクロールから放たれたプラズマが右手に持つ剣を覆い始め、剣が黄金色に輝きだす。


 剣に吸収しきれていない雷精の魔力が、剣の周りでプラズマとなり暴れているように見える。


「こ、こりゃあ暴れ馬だな、おい!」


 アイシャさんの膂力をもってしても、右に左にと暴れる剣。


「い、言う事ぉぉぉぉぉ、聞きやがれッ!!」


 なんとか押さえつけてアイシャさんは剣を正眼に構えた。


「アイシャさん、大丈夫ですか?」


「ああ、もう一度当たる。援護を頼む」


 僕がディメンションランスを使えば、さほど時間を掛けずに倒す事は可能だけど、アイシャさん的にはめったに遭遇しないドラゴンとガチバトルをしたいらしい。


「分かりました。短転移」


 双頭火竜の眼前に短転移で跳んで注意を引き付ける。突然現れた僕に、二つの火竜の頭は大口を開けて襲い掛かってくる。


「短転移」


 竜の顎をすんでで交わし、火竜の上方へ短転移した。


「どりゃぁぁぁぁぁぁッ!!」


 いかずちを纏った剣で、再び巨大な脚を斬り付けるアイシャさん。


 雷精の爆発的なエネルギーと共に、剛腕に任せて剣を叩きつけた。


 強固だった筈の竜の鱗が弾け飛び、剣が竜の筋肉を斬り裂く。


「でりゃぁぁぁぁぁぁッ!!」


 神速の剣の使い手とうたわれるアイシャさんは、僅かな時の間にその切り傷に何度も剣を打ち込んだ。


 火竜の血と肉が飛び散る。痛みに咆哮を上げ、巨大な脚でアイシャさんを蹴り飛ばす火竜。アイシャさんはその脚に左手を乗せ、その勢いを利用して後方へと跳ぶ。


「あれは不味いッ!」


 双頭の火竜の魔力が膨れ上がり、凶悪な口にその魔力が集まりだした。牙を剥き出しにした竜の口から炎のツインブレスが吹き出す。


 短転移でアイシャさんの前に跳び、マジックボックスを展開する。


「ブレスを収納」


 獄炎のブレスがマジックボックスに吸い込まれていく。


「サンキュー、アルスタ。もう一回だけやらせてくれるか」


「分かりました。短転移」


 ブレスの吹き終わりと同時に、短転移で再び火竜の眼前に跳ぶ。


「ディメンションランス!」


 とりあえず頭一つにディメンションランスで風穴を開けた。もう一つの頭が僕をギロリと睨み付け、炎のブレスを吹き出す。


 そのブレスを短転移で交わした頃には、アイシャさんが距離を詰め、傷ついた脚に神速の剣捌きでラッシュをかける。


 ガキンっと硬い物に剣が当たる音がした。アイシャさんの剣が肉を切り裂き、遂には骨に達したようだ。


「うらぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 アイシャさんの気合いの一撃。雷精を纏い威力が上がった剣は、ドラゴンの骨さえも叩き斬った。


 バランスを崩し、倒れる火竜。アイシャさんは倒れこんでくる火竜を迎え撃つ姿勢をとる。しかし――。


「チッ、タイムアップか」


 スクロールで付与した雷精の魔力が切れ、剣から黄金の輝きが消えていく。


「アルスタ、止めだ」


 口惜しそうな顔のアイシャさん。


「短転移」


 僕は火竜の残されたもう一つの頭の上方に跳び、ディメンションランスで一突きする。


 二つの頭を失った火竜は力無く床に倒れこんだ。


「はあ〜。あたし一人の力でドラゴンを倒すには、まだまだ修行が必要って事か」


 火竜の硬い鱗と雷精の熱でボロボロになった剣を見て、アイシャさんが溜め息をついた。


 僕と一緒に常闇のダンジョン五十階層から八十階層まで攻略したアイシャさんの腕前にはかなり上昇している。きっとアイシャさんなら双頭火竜を倒す日がくるだろう。


 ただ、この次の九十階層は魔の毒毒エリアだ。流石にアイシャさんは連れてはいけない。その事をアイシャさんに話すと、「まあ、しゃあねえな」と九十階層攻略は諦めてくれた。


 アイシャさんがディメンションルームに入ると、僕は九十階層に繋がる扉を開き、階下に繋がる階段を降りていった。


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無能と呼ばれた伯爵子息 常闇のダンジョンに追放された少年は異国の地で聖人様として崇められるようです。いやいや、僕は聖人様じゃなくて、小悪魔っ子の使いパシリですッ! 花咲一樹 @k1sue3113214

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