両軍激突

 ガゼータ男爵がかき集めた兵力、二百名強。

 街を一つ治めるだけの男爵が集めたにしてはかなりの数と言えるだろう。


「……おい、本当に魔の森を通って大丈夫なのかよ」


「……とある行商人は帰ってこなかったらしい」


「……マジかよ」


「……うるさい黙れ、俺たちは信じるしかないだろう!」

 

 ガゼータ男爵の手によって集められた集団は魔の森を突っ切る道を不安そうな顔つきで進んでいた。

 既に時は夜。

 分厚い雲に覆われる空からは星明りが降り注がれず、ただ街道に置かれている光源が彼らの道を示す唯一の光であった。


「……ッ!?」


「ひ、光が……ッ!?」


「な、なんだっ!?」

 

 街道を照らす光はすべてノアが用意したものであり、オンオフの切り替えも自由自在。

 ノアより預けられたスイッチをアリアが起動したことで街道を照らしていた光源がその光を失い、この場を暗闇が支配するようになる。


「すべてを灰燼に帰せ!『イクスプロージョン』」


 それと共に強大な魔力のうねりとともに魔法が炸裂。

 強大な爆発が空気を震わし、多くの兵士を吹き飛ばす。


「投石始めぇ!!!」


 そして、そんな爆発に続くようにして投石攻撃が開始される。

 大した装備もしていない人の命を奪うのには十分すぎるほどの威力を持った投石攻撃を前にいくつかの人が地面へと倒れ込む。


「うわァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」


「逃げろ、逃げろぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお」


「痛い……ッ!痛い!?」

 

 そこから先は地獄絵図であった。

 パニック状態となった者たちが我先にと動き始める。

 だが、歩いていた兵士たちの後ろにはかなり大きな兵站用の数台の馬車がついてきており、後ろに逃げることは出来ず、また森の中へと逃げることも出来ない。

 故に前へと進む他無い。


「落ち着け!落ち着けぇ!」


 指揮官がどれだけ声を上げようとも混乱する平民には届かず。

 

「糞が!これじゃ足手まといじゃねぇか!」


 ガゼータ男爵家に雇われた傭兵たちも荒れ狂う兵士たちにもみくちゃにされているせいで思うように動くことができない。


「……クソ!!!」

 

 初撃でガゼータ男爵の軍勢は統率を失ってしまった。

 完全に統率を失った兵士たちが少し進んだ先。


「させぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええええ!!!」

 

 そこにはこれまでずっと森の中で隠れ潜んでいた開拓村の男たちが槍を構えて待っていた。

 暗闇の中でも足音と叫び声で接近に気がついていた彼らは手に持った槍をノアの簡単な訓練の動きを思い出しながら突き刺す。


「ぐふっ!?」


「……あがっ!?」

 

 へっぴり腰の情けない一撃ではあったが、それでも混乱するガゼータ男爵の兵士たちには突き刺さり、肉を突き刺す。


「押し込めぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええええ!」


「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」


 開拓村の男たちは大声を上げながら槍を持った手でその場を進み、ガゼータ男爵の兵士たちと押し合いを始める。


「ちょ!?……まっ!!!」


 開拓村の男たちとガゼータ男爵の兵士たちの押し合いは開拓村の方に軍配があがった。

 地面へと無様に転がるガゼータ男爵の兵士たちを引きずりながら突き進み、その後ろにいる傭兵団やガゼータ男爵の軍勢の中の精鋭たちまでもを潰さんと進み続ける。


「邪魔だッ!テメェらぁ!!!」


 それに対して、多くの兵が前へと逃げてくれたおかげで動きやすくなった雇われの傭兵団長が火球を放ち、味方ごと燃やして開拓村の男たちの突進を食い止める。


「よし!お前ら!たいせ」

 

 足手まといの雑魚は減った。

 後は残ったガゼータ男爵の兵士の中でもマシな連中と己の傭兵団を用いればまだ勝てる。

 そう踏んだ傭兵団長は自分の部下に向かって声を上げながら視界を取り戻すべく魔法で光源を出現させる。


「……ぁ?」

 

「覚悟ォッ!」

 

 そんな傭兵団長の光に照らされたのは暗視の魔法によって暗闇で視界良好な完全武装のアリアであった。


「ぐぉ……っ!?」

 

 ノアが全力で作った業物はいとも容易く魔法によって守れる傭兵団長の首を切り落とす。


「「「……だ、団長!?」」」

 

 頼れるトップの死に百戦錬磨の傭兵たちの間に少しばかりの動揺が広がる。


「死になさい」


「行くぞ、オラァ!!!」

 

 その瞬間を狙ってプグナとモノマキナの二人がアリアに続いて突撃し、傭兵へと襲いかかる。


「舐めるなァッ!!!」

 

 そんな状態となってようやくガゼータ男爵の軍勢は反撃を始める。

 指揮官である男がいくつもの魔法を放ってアリアたちの動きを一時止め、奇襲に警戒しながらも光源を出現させる。

 既にガゼータ男爵の軍勢の多くが倒れた。

 百を超えていた兵士も既に50を下回っている……が、それでもまだ頼れる凄腕の冒険パーティーがいくつかに生き残ってる傭兵団、ガゼータ軍のエリートが残っている。

 最初の爆発でダメージも負っているがまだ戦える。

 

「「「マッスルぅ!!!」」」


「スラムを舐めるなァッ!」


「行くぞぉ!」


「死に晒せぇ!」


「『ライトニングッ!』」

 

 ようやく態勢を立て直し始めたガゼータ男爵の軍勢に少しでも時間を与えぬよう雷が光り、スラムの荒くれ者たちが血気盛んに魔の森の中から突撃していく。


「構え!」

 

 それに対してガゼータ男爵の軍勢は防御態勢を取ったことで足を止める───止めてしまう。

 スラムの荒くれ者であった彼らは一切攻撃することなく街道を横に突っ切ってそのまま魔の森の中へと帰ってしまう。


「退却ッ!!!」

 

 そして、結局乱雑な戦闘へと突入することはなくスタコラサッサと開拓村の全員が魔の森の中へと退却していく。

 そんな彼らをガゼータ男爵の軍勢は追いかける事ができず……既に光の戻った街道の中で死屍累々の様相を晒すだけであった。

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