開拓の時間ですよ!

「さて、問題はどうやって貴族になるか、だよねぇ」

 

 無事に大寒波を乗り越え、平穏な日々を取り戻した僕は暖かな太陽の下で背筋を伸ばしながら口を開く。


「魔法が使えたのなら最初に使えばよかったじゃない。魔法があれば二人で凍えながら抱き合っている必要はなかったじゃない。ちょいちょいとノアが魔法を使えば暖かくなったじゃない」

 

 魔法。

 それはこの世界に存在している奇跡の秘術である……え?詳しい原理はどんな感じか、って?それはゲームで語られているようなものかい?そういうことだよ。

 なんかこの世界にあってなんとなくの感覚で使えるものであり、急に戦いの中で新しい種類のものが使えるようになったりするのが魔法なのである。

 詳しい原理なんてものはない。ビックバンが起きたのと同じことである。


「ちょっと魔法の力は出し惜しみしていたかったんだよ。まぁ、最終的に我慢できなかったわけだけど……それに良いじゃん。この美少年である僕と抱き合えたんだよ?ご褒美でしょ」

 

 僕は隣にいるアリアの頬を優しく撫でながら口を開く。


「それはこっちのセリフなのだけど……まぁ、良いわ。それでだけど貴族になるってのはガチだったの?」


「ガチに決まっているじゃん」

 

 僕は意外そうなアリアの言葉に対して不満げに口を開く。

 こんな最低最悪のスラムの生活の中で冗談なんて言うわけがない。そんな余裕などないと言って良い。

 僕は前世でぬくぬくと過ごしていた現代人なのだ。

 いくら魔法があろうともこんなスラムの世界で満足出来るわけがない。


「僕はこんなところで終わるつもりはないよ。ビックな男になるんだよ。目指せ、貴族。目指せ、辺境の開拓だよ」


「言っておくけど、開拓なんて不可能よ。ただの夢でしかないわ」

 

 この世界には魔物と呼ばれる強力な獣が存在する。

 大量の魔力を有する魔石を体内に保有しており、魔法を使うことが可能な凶暴な獣が魔物であり、こいつがいるからこそこの世界における開拓の難易度は高い。

 荒れ果てた土地を開拓して生活基盤を作るだけではなく魔物と戦えるだけの戦力も必要とするため、小さな村は生き残れないという辛い現実があるのだ。

 それゆえにこの世界における辺境の開拓は偉業扱いされており、ただそれだけでたとえスラムという下賤な身のものであっても貴族になれるのだ。

 

「僕には魔法がある!」

 

 普通に考えたら辺境の開拓なんて夢物語である。

 しかし、僕には便利な魔法がある。ゲームで主人公を張れるほどの圧倒的な能力を持った魔法が。

 まだ八歳の身ではあるが、それでも十分開拓は出来る魔法は持っているつもりだ。


「はぁー。良い?元貴族だからこそ教えてあげるわ。確かに、ここスラムや平民たちの間では魔法が使えることは珍しいから自分が特別に思っちゃうかもしれないけど、貴族の人間であれば割と使えるのよ、魔法は。私もちょっとだけであれば使えるしね。少し魔法が使えたくらいで開拓なんて無理なのよ」


「何を言われようとも僕の決意は変わらないよ?どんなところであっても……さて、アリアよ。君はどうする?一緒についてくる?……それとも、呆れて僕の側から離れていく?」


「ついていくに決まっているじゃない。何を当たり前のことを……私も行くことになるから止めているんじゃない」


「ふふっ、アリアがそう言ってくれて良かったよ。じゃあ一緒に頑張ろうね!」

 

 アリアの言葉を聞いた僕はちょっとだけ内心ほっとしながら笑顔で口を開く。

 いやぁー、アリアがついてくると言ってくれてよかった。ちょっと内心ビビっていたからね。ガチで呆れられるかも、と。

 数年間ずっと一緒にいたアリアから離れるなんて言われたらちょっと泣いてしまうかもしれない。


「待って?別に私は開拓を容認したわけじゃ……!」


「ふふっ、いやぁー、頑張らないとねぇ」

 

 少しだけ困ったような表情を浮かべているアリアを無視して僕は勝手に一人で暴走していく。

 なんやかんやで最後は『仕方ないなぁ』で受け入れてくれるのがアリアなのだ。今回も認めてくれるだろう。


「はぁー、もう仕方ないなぁ。良いよ、うん。頑張ろうね」


「うん。ということで……あいつらを呼ぼうか」

 

 僕は自分の古びたズボンのぽっけから一つの鈴を取り出す。

 これはちょっとした僕の魔法がこめられた一品である。


「そういえば、というかすごく今更だけどその鈴も魔法、よね?」


「うん。そうだよ……というか本当に今更だね?魔法以外あるわけないじゃん」

 

 僕がアリアとくだらない雑談をこなしている間にガチムチの男たち三人組が僕たちの元にやってきて跪く。


「じゃないとこうして簡単に呼びつけれないよ。ということでお前ら。生きていたんだな」


 僕はやってきた三人の方へと視線を向ける。

 あの鈴はこの三人を呼びつけるための魔法の発動に使う触媒である。


「はい!我らには筋肉がありますので」


「さよか」

  

 彼らはスラムに落ちたばかりのアリアを性的に襲おうとしていたところを僕に見つかってフルボッコにされた者たちである。

 こいつらがいなければ僕はアリアと出会うことはなかったであろう。

 そう思うと彼らにも感謝出来ることが……いや、でもこいつらは性犯罪者。許しちゃだめだよね。ちゃんとこき使ってあげないと。


「それで、だ。僕は貴族になるから。仲間欲しい、スラムの人間集めてこい」


「「「はっ!!!了解です!我が王よォ!」」」

 

 スラムの荒れ者。

 治安最悪のスラムの中で際立って暴れ者であった彼らではあるが、既に僕の教育によって牙を抜かれている。

 彼らは僕の言いなりであり、こうして僕の無茶ぶりにも応じてくれるのだ。

 

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