恋の二度目はアリだけど、転生先に浮気夫は不要です。

美杉。節約令嬢、書籍化進行中

第0話 婚約者はハーレムの中

「ああ、いよいよなのね」

「ええ、やっとですねアマリリス様!」


 私と侍女は鏡越しにお互い頷きあった。

 そしてもう一度自分の恰好を確認する。

 今日のためにずっと頑張ってきたのだもの。


 絹のように艶やかな金色の髪はハーフアップにされ、翡翠色の瞳に合わせたドレスは細やかな金の花の刺繍が髪色に合わせておりいい感じね。


 肌もこの日のために磨きをかけているから、しっとりもち肌だわ。

 化粧も侍女たちが朝から頑張ってくれたから、こんなに完璧だもの。


 今日お会いする私の婚約者である王太子殿下も、これならきっと気に入ってくれるはずよ。

 

「長かったですね。アマリリス様が王妃候補としてこの王宮におみえになられて、もう六年ですものね」

「ええ。やっと王太子殿下……ヒューズ様にお会いできるのね」


 婚約者になったにも関わらず、なぜかお会いすることが出来なかった王太子殿下のヒューズ様。

 未だに姿絵でしか、私はそのお顔も知らない。

 いつもお会いする日になると事故が起きたり、病気になってしまったりと、驚くほどに邪魔が入ってしまった。

 そんな日々がもう六年。

 普通ではありえないコトだと思う。

 しかし殿下もまた、王になるため教育で忙しかったと聞くし。

 仕方がないと言われれば、それまでなのかもしれないけど。


 何のためにお妃教育をしているのか不安に思うこともあった。

 でもそれもやっと今日で報われる。


 心を踊らせ、王宮で与えられた部屋をあとにした。この後起こることなど、この時はつゆとも知らずに。



     ◇     ◇     ◇



 本来だったら夜会へは、お相手である王太子殿下と入場をするはずだった。

 しかし会場についた私に告げられたのは、すでに王太子殿下は入場をしているとのこと。

 今回もまたすれ違い。


 こんな時にまでと泣き出しそうになる私に一人の貴族が声をかけてきた。


「美しい翡翠のお姫様。どうされたのですか? エスコート役が見えないようですが」

「あの……。それが……何かの手違いで先に入られてしまったようで……」


 黒く短い髪に紫の瞳のその貴族は、格好からしてもかなり身分は高そうだった。

 しかし私はお妃教育という名のこの閉ざされた世界で生活をしているため、あまり他の貴族のことは詳しくはない。


 親切に話しかけて下さったのに、お名前も知らないなんて、私なんて失礼なのかしら。

 でも今ここでお聞きするのはもっと失礼にあたる。

 貴方のことを知りませんって言っているようなものだもの。


 お妃教育も大事だけど、国内外の貴族の方たちの名前と顔を覚えることもその中に入れてもらわないとダメだわ。

 これこそ、最低限のマナーだと思うもの。


「それはまた……災難というよりも、どうしてそうなったのか追求せねばですね」

「いえ、でも……。きっと何かあったのだと思います」


 でなければ、自分の婚約者となる者を置いてきぼりになんてしないはず。

 違うわね。私がそう思い込みたいのかもしれないわ。


「貴女のような美しい方が一人で入場などというのはいけません。今宵だけはエスコートさせていただけませんか、翡翠の姫よ」

「あの、でも」

「ああ、あいにく俺には婚約者がいないので。共に入っていただけると、こちらも助かります」

「それなら……お願いいたしますわ。あの、私は翡翠の姫ではなくアマリリスと申します」


 王太子の婚約者たる者、他の男性の手を取って入場などしてはいけないとは思う。

 だけどこんな大きな夜会で一人で入場なんかしたくない。

 惨めすぎるもの。

 かといって引き返せば、せっかく今日のために仕立てたドレスも、朝から頑張ったメイクも全部台無しになってしまう。


 ダメだと分かってはいても、私は縋るような思いで彼が差し出した手を取った。

 そして後ろめたさを隠し、仮面のように作った笑顔で彼と入場した。


「まぁ」

「あ、あれは……」

「ねぇ、見て」


 扉を抜けると、たくさんの着飾った貴族たちがいた。

 彼らの視線が私たちに突き刺さる。

 扇でその口元を隠していても、直接は見なくても、その場にいたほぼすべての者たちが私と隣に居る漆黒の髪の貴族の話をしているのがわかる。


 ああ、やはりこんなことなら一人で我慢して入れば良かったわ。

 きっと王太子殿下の顔に泥を塗ってしまったわね。


「貴女を置きざりにした張本人はどこですかね」

「え、あ、あの」


 彼は貴族たちの視線など、気にもしていなかった。

 むしろ顔色一つ変えることなく、優雅に人の波をかきわけていく。


 力強い歩きや動きに、私は自分がどこにいるのかも一瞬忘れた。

 ああ、この人が婚約者だったら良かったのに。

 こんな風に誰の顔色を伺うことなく、それでいて私をちゃんとリードしてくれる。

 どうして……。


「ああ、いましたよ? 彼ではないですか、アマリリス嬢」

「え?」


 彼の視線の先に、王太子殿下……ヒューズはいた。

 一番奥のソファーに腰かけ、片手にはワイングラスを持っている。

 いつからそうしていたのだろう。

 ほんのりと頬は赤い。

 真っ赤なマントに金細工の刺繍。瞳の色に合わせたマントや装飾品が、高貴な身分を示している。

 

 そして金の髪をかき分けた時、彼の青い瞳と視線がぶつかった。

 しかしヒューズは私を見なかったかのように、両脇にいる華やかで豊満な女性たちと談笑を続ける。


「……」


 言葉など発することも出来なかった。

 私は今、何を見ているのだろう。

 自分の婚約者がぴったり女性に囲まれて鼻の下を伸ばしているだなんて。


 ふと頭にハーレムという言葉が浮かんだ。

 私はその意味を知らない。

 知らないけれどもなぜか、ふつふつと怒りがこみあげてくることだけは分かった。

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