エピローグ

 玉座の間には、元旦那殿下以外の関係者たちが集められていた。

 殿下はどうも、陛下より謹慎処分をうけているとのこと。

 自分のしたことへの処分を自分で聞くことも、申し開きすることも出来ないって処分としては重いと思う。


 陛下は一度大きくため息を付いたあと、ゆっくりとそれでいてしっかり前を向いて話し始めた。


「この度のことは皆に迷惑をかけた。アマリリス嬢にも申し訳ないことをしたと思ってる。長年にわたりずっと、苦しめてきたことを」

「そんな、陛下。おやめください」


 普通ならば一番上に立つ者は、頭など下げるべきではない。

 それでも私に謝罪するのは、親としてなのか人としてなのか。

 どうしてこの親にして、あの息子なのだろうかとさえ思ってしまう。


「いや……いいのだ。今度こそは、そなたと共になれば、心を入れ替えるのではないかと思った我の責任でしかない。何度繰り返そうとも、あれはもう治らぬさ」

「……陛……下?」


 この方は、いつのことを言っているの?

 私と共になれば心を入れ替えるって。

 もしかしてこの人は……。


「あの……」


 聞きかけた私に陛下は、ふわりと柔らかい笑みを浮かべながら首を小さく横に振った。

 細く、シワが深く刻まれた顔。歳をとって苦労をしてきたことが、その顔からも手からも感じられる。

 その面影が、どこか義父を思い起こした。


「お義父さん……」


 私は誰にも聞き取れない小さな声で、その言葉を呟いていた。

 この人がもし本当に義父ならば、ただ本当に子どものことを思っていたというのだけは分かる。

 今度そこを信じていたのね。

 陛下はただ眉を下げ、しっかりと私を見ていた。


「この度のことで、王位はヒューズの弟であるアルバートが継ぐこととなった」

「では、ヒューズ殿下はどうされるのですか?」

「あやつは少し遠い南の国に婿として行くことになった」


 あとでクロードから聞いた話だ。

 かの国はとても強靭な女性たちが治める国であり、一妻多夫制をとっているらしい。

 しかも女王はとても気性の荒い方で、夫となっても気に入られなければそのまま王宮で放置されるとこのとだった。


 ある意味、あの人には一番の贖罪かもしれないわね。

 逆ハーレムで、二度と女性と遊ぶことも出来ないのだから。


「よって、アマリリス嬢との婚約の話は白紙とする。そなたには迷惑をかけた。何か今まで苦労させた分の労いをしたいのだか?」


 きっと『いえそんな』と謙遜する場面なんだろうなとは、思う。

 思うけど、やっぱりねぇ。


「少し考えさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「もちろんだ。ゆっくり考えなさい」


 今は特に欲しいものとかはないけど、いつかこの約束が役に立つ日がくるはず。

 やっと自由に、私らしく生きれる日が来たのだもの。

 その全てを大切にしていきたい。


「オルト公爵にも、何かと苦労をかけた。そなたはいつも褒美を受け取ろうとしないが、何か欲しいものはないのか」

「そうですね……」


 クロードが褒美を取らないという話は聞いたことがある。

 元から、とてもお金持ちで、国王陛下と変わらないくらいあるとかないとか。


 まぁこの手の噂って、当てにはならないんだけど。

 でもいつも欲しいものは持っているので大丈夫ですと、陛下相手にも飄々と返す様からそう言われてるみたいなのよね。

 そう考えると、あながち噂も真実味を増してくる気がした。


「では、一つだけ」


 今回もいつもと同じように返すと思っていたクロードの意外な返答に、その場にいた者たちがざわつく。

 陛下までもその瞳を輝かせ、前のめりになっていた。


「なんだ。今までの分もある。何でも良いぞ」

「ここにいるアマリリス嬢に求婚をする許可をいただきたい」

「もちろんだ!」


 陛下は嬉しそうに二つ返事をした。

 そうかー。

 アマリリス嬢にクロードが求婚、ね。

 完全に他人事して、その二人の会話を聞いていた。

 

 おおん? アマリリス嬢って、私の名前じゃなかったっけ?

 義父とおぼしき人物を目の当たりにしたことで、意識がすっかり前の私に戻ってしまっていた。

 ちょっと待って。今、求婚って言ったわよね。

 しかも陛下も、勝手に二つ返事してるし。


 あれー。おかしいなぁ。

 殿下からの婚約がなかったことになって、私はこのまま一生お一人様ライフに行くはずだったのに。


 どうしてそうなったの……。


「えっと?」

「アマリリス嬢、あなたさせ良ければ婚約を申し込みたい。今すぐにというわけではない。わけではないが、引く手あまたな貴女を他の男になどとられたくないのだ」

「引く手あまた? クロード様は何か勘違いなさっていらっしゃるのでは?」


 元旦那である、あのヒューズの食指に少しも引っ掛からなかったのよ?

 しかも婚約が白紙になった身で、そんなことあるわけないのに。


「君こそ自分の魅力に気づいていないだけさ。その翡翠の瞳も、薔薇の様な唇も何もかもが美しい」

「んーーーー。ぅー」


 そんなことないと思う。

 思うし、こんな風に面と向かって言われるのって恥ずかしいのね。

 自分でも今、顔が赤くなっているだろうって分かるほど顔が熱かった。


「俺を一人の男として……君のそばにまずはいさせてほしい。ゆっくりと口説かせてくれ」

「それってそれって……」


 つまりは私を好きって意味だよね。

 あああああ、なになになに。これはどうすればいいの?

 どう言えば正解なの?

 恋愛したいって思ってたけど、さすがにこれは急すぎるでしょう。


 無理無理無理無理。

 心の準備が……ああ、心臓が痛いわ。


「あ、あの! 友だちからなら?」

「それでも構わないさ」


 そう言いつつもクロードは片膝を付き、私の手を取った。

 そして私の手にそのままキスを落とす。

 

「クロード様!?」

「愛している、アマリリス嬢」

「ん-ーーー」


 友だちって、その意味知ってます?

 もー。なんなのよー。

 叫び出したい私を無視し、何か新しい物語が始まるような、そんな時間がゆっくりと流れていた。

 だけど私は自分の気持ちに気づかないフリをした。


 ちゃんと今度こそは自分で自分の欲しいモノを見つけるために――

 

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恋の二度目はアリだけど、転生先に浮気夫は不要です。 美杉。節約令嬢、書籍化進行中 @yy_misugi

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