第7話 意地悪な笑みと来世を願う

「殿下、今日こそは私のお話を聞いて下さいませ!」


 なーんて、ね。

 別に元旦那の言い訳とか、聞きたくはないんだけどね。

 シチュエーションは、あくまで殿下に自分を認めてもらいたくて暴走している令嬢風なのです。


 公爵様に仲介役を頼み騎士たちに中に入れてもらう交渉をしてもらっているうちに、部屋のドアが開いているのに気づいた私はこっそり凸しましたとさ。


「殿下、ヒューズ殿下。っっきゃぁぁぁぁぁぁ!」


 中には大きなベッドが置かれていた。

 天蓋付きの華やかなベッドには、衣服を見にまとわぬ女性が三人と、殿下がいた。


 予想はしてたけど、本当にハーレムね。


「な、な、な、お前どこから」

「きゃぁぁぁぁぁぁ、誰か誰か~!!」

「ば、バカ。やめろ!」


 あくまでも私はこの人たちの情事を目撃して、パニックになっている令嬢なのよ。

 馬鹿とか辞めろと言われたって、辞めるわけないじゃない。


 私は地面にへたりこみ、顔を両手で覆う。

 そして泣き真似をしつつ、華麗に被害者を演出した。


 これこそが私が望んだ結果なんだもの。

 馬鹿はそっちよ。

 もうねぇ、コレはクライマックスなのよ。


 私のただならぬ叫び声を聞き、クロードと騎士たちが雪崩れ込んでくる。

 もちろんそれだけではない。


 これだけの騒ぎを起こしたのだもの。

 遠目からも見ていた野次馬たちが、わらわらと集まって来ている足音が聞こえてきた。


「なんだお前たちは! ここは立ち入り禁止だと言ってあっただろう」

「アマリリス嬢、大丈夫ですか?」


 床に座り込む私に、クロードがそっと手を差し伸べてくれた。

 私はそれにすがり付いたまま立ち上がらず、さめざめと泣きわめく。


「私は……私はただ殿下に、婚約のお話をはっきりさせたかっただけなのです。ですが、ですが……」

「まかさこんなことになっていたとは。これは陛下はご存知なのですか、ヒューズ殿下」

「な、だ、だから。お前たち、不敬だぞ」

「貴族令嬢たちも、貴族令嬢たちです。婚姻前のこのようなことが許されるとでも?」


 シーツや布団を体に巻き付けた彼女たちは、部屋から逃亡を図る。

 しかし事態を重く見た騎士たちが、彼女たちを捕まえた。


 令嬢たちは逃げれないと分かると、さめざめと泣き出した。


 彼女たちが全て悪いとは思わない。

 相手は自分より身分も高く、あわよくば自分が王妃にという打算もあったのかもしれない。

 その気持ちは分からなくもない。

 

 だけどそれなら正規の道を進むべきだし、人のモノを盗った挙句に、美味しいとこだけ掬い取ろうなんていうのはどうかと思う。

 それならもっと堂々と、私という存在を排除してからすればいいことであって、どこまで行ってもこっちは被害者でしかない。


 前世においても、今回においても、だ。

 私の関係ないとこで勝手にやるなら泣く権利もあるだろうけど、本当に泣きたいのはこっちなのよ。

 無駄にした時間をなんだと思ってるの。


 だけどそれを叫ばないだけ、マシだと思って欲しい。

 同情はしないけど、盛大に自分たちのしでかしたことに対するツケを払う形になったせめてもの情けだから。


「お前のせいだ! お前のせいで全部台無しだ!」


 一人喚き散らす馬鹿男を、皆が白い目で見ていた。

 誰がどう見ても、もう言い逃れは出来ない。

 それに私のせいだとわめいたところで、誰も私のせいなどと思わないでしょう。


 本当に馬鹿な人。

 一度で懲りれば良かったのに。


「自分が蒔いた種でしょう。こんな許されないことをして、陛下もお考えになるでしょう」


 クロードが強い目で、殿下を見下していた。

 

「うるさい! うるさい! おれは王位継承権、第一位なんだぞ! この国で二番目に偉い存在なんだぞ! お前たちなんておれから見れば、虫けらも同然なんだ」


 ほぼ裸のまま叫ぶ姿は、哀れね。

 裸の王様も顔負けだわ。


「それが本心ですか?」

「何が悪いんだ! おれは何も悪くない。絶対に悪くなんてない!」


 あーあ。口を開けば開くほど、周りに敵を作ってるのが分からないのかしら。

 確かにこの人はこの国で二番目に偉い存在だったのかもしれない。

 だけどその下につく人がいなければ、地位なんてなんの意味もなさないのよ。


 それに一番上の人が、どうして自分のことを見限らないと思うのかしら。

 前回だって十分、痛い目にあったっていうのに。


「自覚がないというのは困ったものですね。だがアマリリス嬢を傷つけた罪は償ってもらうからな」

「うるさい、うるさい、うるさい、うるさい!」


 おうおう。もうすでに語彙力すらないじゃない。

 子どものワガママのようね。

 促されるように、退場させられる殿下は私に最後のあがきと掴みかかる。


 しかし私はその暴挙に動じることなく、そっと耳元で囁いた。


「まったくさ。アホ過ぎるでしょう、あんた。せっかく生まれ変わったのに、同じことを繰り返すだなんて。でもね、今回はこっちが上手だったのよ」

「お、お前……」

「もうあんたのモノじゃないから、とか馴れ馴れしく呼ばないでよね」

「記憶が」

「ああ、戻ってるわよ? とっくにね。せっかくだから大きく仕返ししてあげたの。前回死ぬ時に、次は勝手にハーレムしとけなんて願ったからこんなことになちゃったのね」


 そう。もしかしたら今回は、私のせいも一ミリはあるかもしれない。

 だからちゃんと次は願ってあげる。


「だからちゃんと今度はマトモに願ってあげるわ。次は去勢されてしまえ」

「お、おおおお、お前ぇぇぇぇぇぇ!」


 掴みかかった私からクロードが乱暴に引きはがす。

 その勢いで殿下は盛大に転んだ。

 私はただ抱えられたクロードの胸の隙間から殿下を見下ろし、一際意地悪にほほ笑んだ。

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