第4話 取り引きという名のお茶会

「本日はお招きに預かりましてありがとうございます」


 あいつのようになりたくない私は、オルド公爵との面会を内密にお願いした。

 私の立場に理解ある公爵は、それを快く受け入れてくれたのだ。


 表向きは実家に一時帰宅するということにして、私は公爵家を訪れた。

 客間に通された私は、急なお願いだったにも関わらず温かい歓迎を受けた。


 テーブルには湯気を立てた紅茶が用意されており、たくさんの焼き菓子なども並べられていた。

 そのどれもが、王宮では食べれなかったものたちばかり。


「急なお願いでしたのに、このようなお気遣いまで申し訳ありません」


 私が公爵へ頭をさげれば、なぜか給仕をしていた侍女や案内してくれた執事などの驚くほど嬉しそうな視線が刺さる。

 私、何かしたかしら。

 ああ、もしかして勘違いされてるとかかもしれないわ。


 公爵は婚約者がいないって聞いたし。

 もしかして私、婚約者候補と勘違いされているのかも。

 だとしたら申し訳ないわ。

 ただ巻き込んでしまっているだけなのに。


「あ、あの」

「……今日も翡翠の姫は一段と美しいな」

「! な、なんあなな、あの! なにを言い出すのですか」


 挨拶のあと公爵の向かいに座った私に、静かだった公爵がぽつりとつぶやいた。

 私にとっては爆弾のようなその発言に、思わず舌を噛んでしまう。


 社交辞令とはいえ、急にそんなことを言われると心臓に悪すぎるんだけど。

 しかも周りのキャッキャした雰囲気がさらに加速してしまっているし。

 もーおー。勘違いさせちゃってるじゃないの。


「いや、俺は思ったことしか口に出さないからな。だいたい、言われたことはないのか?」

「ああ、殿下アイツにですか? お会いしたのすら、あの会場がほぼ初めてですけど」

「王宮に入って何年だ?」

「たぶん10年ほどかと」


 そう。よく考えればわかることだわ。

 いくら偶然がイロイロ重なったとはいえ、同じ王宮に住む人間に10年も会えないなんてことは異常なのよ。

 忙しくたって、会おうと思えば会うことなど簡単なはずだ。


 だけどそれをあいつはしてこなかった。

 だって会うことになんて意味がないから。

 

 もっとも今となってはこっちから、面会拒否だけどね。

 冗談じゃない。あんなヤツの顔なんて見たくもないわ。


「すいぶんと婚約者候補である君を放置していたものだな」

「ですねぇ。元より会うというお気持ちがなかったのだと思いますわ」

「まぁ、君には酷な言い方かもしれないがそうだろうな。会いたいと思ったのならば、どうにかしてでも会いに行っていたさ」

「そうですね」


 だからこそ、相手の魂胆が開け透けて見えるのよ。

 私にはあんなに大変なお妃教育をさせておいて、自分は散々遊び惚けてきたのだもの。


「あの手紙にも書いてあったが、俺に協力して欲しいというのはそのことか?」

「はい。殿下との婚約の話を白紙に戻したいのです」

「……そうか」


 後ろ盾になってもらうには、最高の人材なのよね。

 あいつにモノ言える数少ない人物だし。

 でもただ後ろ盾になってもらうだけではダメなのよ。

 もう覆せないような証拠を、公にしてしまわないと。


「未練など、あるわけもないか」

「そうですね。見ず知らずの方なので」

「あはははは。ずいぶんきっぱりと言うのだな。そんなに嫌いか?」

「ん-。嫌いというくくりすら越して、気持ち悪いですね。だいたい、他の女性にご執心ならそっちとどーにかして欲しいですわ。別に王妃が私である必要性などないではないですか」

「ああ、そうだな……」

「そうなんですよ! どう頑張ったって、体のいい言うことを聞きそうな私を王妃にして仕事だけ押し付け、自分は浮気三昧しますって初めから言ってるようなもんじゃないですか! あああ、気持ち悪い」


 そこまでまくしたてるように言葉を吐き出すと、過去の元夫ゴミの顔が頭の中に浮かんできた。

 あんなことをしでかしたのに、反省なんて全くしていなかったし。

 しかもそんなヤツと一緒に異世界転生ですって。


 冗談じゃないでしょう。

 なんてあいつがセットなのよ。

 私は幸せになりたかったの。

 自分で決めた自分の道で、今回は恋愛だってしたかったのに。


 なんであいつの顔色をまたうかがわないといけないのよ!

 勝手にどっかでハーレムでも作ってこいとは死ぬ前に思ったけどさぁ。

 それはあくまでも私のいないところでやってよね。


「少し落ち着いてお茶でも飲んでくれ、アマリリス嬢」

「はい……」


 公爵の言葉で温かな紅茶に口をつければ、先ほどまでのイライラが流れていくようだっだ。

 程よい甘さと、鼻に抜ける花の香り。

 

 ああ、美味しい。

 紅茶ってこんなに美味しかったかしら。

 王宮では礼儀作法にばかり気にとられて、味を感じる余裕すらなかった。


 それぐらい王妃になるということは、幼かった私には重圧でしかなかった。

 毎日毎日、いろんな人に厳しく徹底的に叩き込まれてきた。

 中には優しくしてくれた人もいたけど、それでも私の置かれた立場が変わることはなかったから。


 家にも帰れない。

 家族にも会えない。

 泣くことすら許されない。

 

 挙句に太ることもダメ。

 遊ぶこともダメ。


 檻の中で夢見た幸せが、全部あいつの手の上だったなんてね。

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