第5話 何でもしますという約束
「美味しい……」
「お菓子も、君が来ると聞いたシェフが腕によりをかけたみたいなのだが」
「そうなのですか! わざわざすみません。こんなに美しいお菓子たちや紅茶をいただけるなんて夢見たいです」
前世ですら、のんびりカフェとか行くことはなかったからなぁ。
もっとも、あんな田舎じゃあこんな高級でおしゃれなモノ食べれるお店もなかったわね。
イチゴのような赤い果実の乗ったタルトを、私は口にした。
サクッとした歯ごたえと共に、果実の甘酸っぱさが口いっぱいに広がっていく。
うーーーー。なにこれ、美味しい。美味しすぎる。
甘すぎなくて、すごく美味しいわ。
私は思わず他のお菓子にも手を伸ばした。
もう王妃になることもないんだし、体重制限なんてしーらない。
だいたいこんなに美味しいものを今まで食べてこなかっただなんて、人生どれだけ損してるのよ。
今からでもとっとと、取り戻さないと。
「公爵様、どれもこれもすごく美味しいですわ! タルトが特に好きですが、このクッキーもサクほろですし。王宮の食べ物よりもずっとずっと美味しいです」
「そうか。気に入ってくれて良かったよ。シェフも喜ぶはずだ」
「ふふふ。ココはとてもやさしくて居心地がよいですね。皆さん、良い方たちばかりで」
「王宮は窮屈か?」
「侍女たちは、同情的で優しいですけどね」
いくらみんなが優しくたって、王宮は伏魔殿だもの。
気を緩めれば命取りになる。
だけど公爵邸はどこを見渡しても、柔らかで優しい空間と時間が流れている気がした。
やっぱり世間の噂なんてあてにならないわね。
「君は、俺がまったく怖くないのだな」
「ああ、髪の色とかですか? だって、ただの色ですよね」
「ははははは、ただの色か」
「そうですよ。髪や瞳の色がなんだというのです? 赤でも青でも黒でも、ただの色ですよね。中身なんて、色で分かるわけないじゃないですか。むしろ金髪蒼眼でもクズはいますし」
誰とは言わないけどね、誰とは。
思い出すだけでも腹が立つ。
まさに王子様って感じが余計に腹立つのよね。
不細工転生しろっつーの。
「本当にアマリリス嬢は面白いよ。美しいのもそうだが、君を見ていると飽きないな」
「あのー、一応それは褒めてもらえています?」
「最大限褒めてるつもりだったのだが?」
微笑みながら、公爵はこちらを見た。
よく笑う方ね。
悪魔とか冷徹だなんて言葉がどこから出てくるのか不思議なくらいだわ。
雰囲気もすごく柔らかいし。
むしろこの世界では珍しいあの黒く神秘的な瞳の公爵が微笑むと、それだけで攻撃力が強い気がするんだけどなぁ。
この世界の人間も見る目がないわね。
人生二回目じゃなかったら、とっくに私だって恋に落ちてたわ。
「まったく殿下も見る目がなさすぎだな。君のような女性といられたら、退屈などしないだろうに」
「どうですかね……。あの方は下半身だけで生きているようですし。お一人では満足出来ないのでは?」
「ああ……それは言えてるな」
「次の国王があの方になるなど、悪夢でしかないですわ」
稀代の好色王とか言われちゃうんじゃないかしら。
ああ、この国の恥でしかないわね。
やだやだ。
この件が片付いたら国外とかに行けないかな。
どうせ元婚約者候補として、嫁ぎ先もなさそうだし。
せっかく異世界に来たのだから、自由に散策してもみたい。
魔法とか使えたら最高なんだけど、そういう才能はなさそうなのよね。
「さすがに、この度のことは陛下にも考えてもらわねばな」
「ですです。なので、まずは協力してはいただけないでしょうか?」
「手紙にも書いてあったな」
「はい。どうしてもこの婚約を白紙にして、なおかつあの方にはご自身の素行を認めてもらいたいのです」
「手はあるのか?」
「……そうですね。現場を押さえるのが一番なのですが、私一人がおさえて騒いだところで、弱いと思うのです」
あいつのことだもの。
もみ消すに決まってるわ。
だからそうはさせないためにも、この方の力が必要なのよ。
しっかりとした高い身分を持った男性が、ね。
「そうだな……んー。たとえば、だ。それに協力するとして俺に何か利はあるのかい?」
「あー。そうですね」
そこまでは考えてなかったわ。
だけどそうよね。
まさか公爵という立場の人にタダで協力しろというのも、虫が良すぎるわよね。
でもお金というほど、私は何も持ってはいないし。
差し上げれるモノがないのよね。
「……では、何か一つお願いごとを聞くというのはどうでしょうか?」
「お願いごと?」
「そうです。公爵様ほどのお方ならば、お金などは必要ないでしょう? ですから、私が出来る何かを公爵様に決めていただきたいのです」
「それは何でもいいのか?」
「……ええ」
この方なら、あんまり無理難題は言わなさそうだし。背に腹はかえられぬからね。
ここは仕方ないわ。
「そうか……。では考えておくとしよう」
「それならば交渉成立ということで良いですね、公爵様」
「ああ、構わない。そしてこれからはクロードと呼んでくれ、アマリリス嬢」
「はい。クロード様」
私はソファーから立ち上がり、クロードと握手をした。
その手は大きく、そして温かく、安心出来るものだった。
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