第3話 打算的でも勝てば良し
「アマリリス様!」
人払いし、湯船に沈む私を見つけた侍女が叫ぶ。
私が王太子殿下から夜会にて、ひどい仕打ちを受けたとの連絡はすでに入っているようだった。
侍女たちは私が湯船で自殺でもしているのかと思ったのか、自分たちの服が濡れることすら気にせず私を引き上げた。
「ど、どうしたの、あわてて」
「どうしたのではありません。そのようなことを……」
「お可哀想なアマリリス様……。皆がついておりますから、どうぞお気を確かに」
「陛下に、陛下に抗議いたしましょう。みんなアマリリス様の味方ですから!」
頭からずぶ濡れの私を囲み、侍女たちが涙を流した。
ごめん……。今さら、気持ち悪くて頭から全部綺麗に消毒したかったなんて言えません。
でもある意味これは好機ね。
少なくとも、ココにいる侍女たちは私に好意的だ。
いや。むしろあの場にいた貴族たちも表立っては無理だろうけど、きっと同情するだろう。
何せ婚約を発表する場においての、殿下の横暴。そしてそれに耐え兼ね、会場を飛び出す令嬢。
うんうん。我ながらまったく考えなしだったけど、これはいい感じじゃないかな。
味方は多い方がいい。
なにせ私の身分は所詮、侯爵令嬢でしかないし、あっちは王太子なんだもの。
とっとと婚約破棄に持ち込みたいのよね。
「ありがとう、みんな。私……私……」
ずぶ濡れなのをいいことに泣きまねをすれば、さらにみんなの涙を誘った。
大事なのは私は被害者であり、悲劇のヒロインって印象なのよね。
筋書きとしてはやっぱり、殿下の女癖に振り回され傷ついた私が王妃候補から外れる、と。
女癖が悪いのはもう公認だろうから、そこは安定よね。
だいたいあれだけ周りに馬鹿っぽい女がいるなら、そっちを王妃にすればいいのに。
なんで元妻である私になんて固執するのよ。
しかもさっきの言葉からしても、私が誰かって分かった上で選んだってことだろうし。
「殿下はあれだけの貴族令嬢と親しくされるのならば、なぜ私をお選びになったのかしら……」
「それは……きっとアマリリス様が聡明でいらっしゃって、王妃になりえるからと思ったのではないですか?」
「たしかに。アマリリス様ほど教養があり、優れた人間などこの国にはいませんもの」
「そうかしら……」
でもそれはあくまで私がお妃教育をさせられてきたからであって、元々婚約者候補に選ばれた時にはそんなことはなかった。
ただアイツは元妻だから選んだにすぎない。
でもここでハーレムをしたいのなら、別に私なんて必要なくない?
むしろ邪魔だと思うのだけど。
ん-。私が王妃になって、何のメリットがある?
監視されそうだし……。同じ城に住むわけだし。
そうしたらいくら形だけの夫婦だって、
うわ。想像しただけでキモイ。
無理無理無理無理。
絶対に無理でしょう。
今更すぎるわ。
「でも……ヒューズ殿下はアマリリス様を王妃様にして、他の女を側妃になさるおつもりなのかしら」
「側妃!」
「な、何を言い出すのよ。アマリリス様の前で」
「いいのよ。そうね。きっとそうだわ……」
侍女の言う通りよ。
私を王妃にして仕事を押し付け、自分は側妃と遊んで暮らす気だったんだわ。
そう、前みたいに。
前回の時にそれで味をしめたから、私に記憶がないことをいいことに王妃候補としてこの王宮へ引き込んだ。
そして記憶が戻らなくてもどうでもいいから、王妃にしてしまおうと思ったのね。
もし仮に私の記憶が戻ったとしても、身分はあいつのほうがかなり上。
私はいくら拒否しても、引き込んでしまったらどうとでもなっていたはずよ。
今記憶が戻って良かったわ。
だってまだ手が打てるもの。
冗談じゃない。
前世だけじゃなくて今回までもあいつに人生を食いつぶされるなんて、なるものですか。
「私……このまま殿下の婚約者となるのは無理だわ。お慕いしていたのに……耐え切れない」
「そうですよね。アマリリス様は今までずっと殿下のためだけに生きてきたんですもの」
「ええ。それをすでに他の女がいるだなんて、悲しすぎますね」
「可哀想なアマリリス様。でも、皆が協力しますから」
「ありがとう、みんな」
やっぱり一番は動かぬ証拠が必要ね。
しかも言い逃れ出来ないような状況に追い込んで追い打ちをかければ、いくら身分が高いとはいえどうしようもないでしょう。
その上で陛下に婚約はなかったことにしてもらえば、晴れて自由の身よ。
「他にも協力して下さる方を探さないと……」
「ああ、会場で一緒にいらっしゃったオルド公爵様などはいかがですか?」
「ちょっと、なんて方をアマリリス様に勧めるのよ。あの方は恐ろしい方なんじゃないの?」
「でも使用人たちにはとても優しいって、みんなも知ってるじゃない」
「それはそうだけど。貴族の方たちの中では、あの髪が……」
侍女たちが口を揃えるように優しいというあの公爵様は、おそらく本当に優しいのだろう。
下の者に慕われるということは、そういうことだと私はおもう。
それにあの国生まれだった私には、黒髪とか別に気にならないし。
むしろそんなことで差別している人たちの方が私は嫌いだ。
「そうね。オルド公爵様には会場でとても優しくして下さったわ。あの方ならば力を貸して下さるかもしれないわね」
私は言い損ねた昨日のお礼と共に、協力して欲しい旨の手紙をしたためる。
そして急ぎで公爵邸へと届けてもらえば、その返事はすぐに私の元に届いた。
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