第7話 正しい放課後デートの仕方とは?

「うふふ……」

「あはは……」

 

 住宅街を自転車で並んで走るバカップル先輩。


「……………」

「……………」


 その10メートル後ろを俺と高千穂がぴったりと付いて自転車を漕いでいる。

 尾行だ。

 楽し気に前方を走るバカップル先輩に比べてこっちは真剣な表情で彼・彼女の一挙手一投足に注目している。

 カップルとはなんぞや?

 カップルとは何をすればいいんですか?

 と———恋愛ド素人の俺たち二人は、人生と恋愛の先輩を勝手に参考にして、これからの後悔のない青春やり直しに生かそうとしている。

 でも……よくついて来てくれるな。高千穂……。

 チラリと彼女の顔を横目で見る。


「…………?」


 俺の視線に気が付いてか首を傾げる。

 雰囲気も何もあったもんじゃない。

 やってることはカップルへのストーカー行為。

 何が放課後デートだ。高千穂花恋には高千穂花恋の理想のシチュエーションがあるだろうに……俺が情けなくて無知なせいで、こんなヘンタイじみた行為を行わせてしまっている。

 許して欲しい。だけど、本当にわからないんだ。俺には放課後デートの正しいやり方というものが。

 だから、人生の先輩でもあり、恋愛の先輩でもあるあの三年生の先輩方から、学ぼうと思う。


「どうしたの?」

「いや……あ、あの二人止まったぞ……」


 バカップル先輩が自転車をある場所で止める。


「買い物でもするのかな……」


 そこは小規模なショッピングモール『サクラモール』だった。都会にあるような駅と施設が一緒になっているような大型のものではなく、元々スーパーとして使っていた施設と敷地を改築してディスカウントショップにしたもの。正直ディスカウントショップという言葉の意味がよくわかっていないが、要は単なる食品・日用品を取り扱うスーパーマーケットをおもとし、家具や本なども取り扱う複合商業施設であるということだ。


「そうかも……」


 ここには俺も翼と一緒に帰るときに良く寄っていた。当然、それは男同士の暇つぶしの遊びでブックコーナーでの立ち読みがほとんどだ。

 まさか、こんな地元民だけが食料品を買いに来るだけの地方ショッピングモールがデートスポットになるとは思わなかった。


「も~、たっくんったら~♡」

「はは……まりこそ~♡」


 俺達も自転車を止めて、中へ入っていくバカップル先輩を追っていく。


「あ。あの人たち……楽器コーナーに行ったよ?」

「だな……」


 二人はまっすぐに食品コーナーの真反対側、家具コーナーの一角の楽器売り場に向かった。


「楽器……買うのかな?」

「学校帰りで?」


 俺と高千穂はそんな二人の様子をかたずをのんで見守る。

 本当にこれが正しい放課後デートの在り方なのか、と。

 ショッピングモールの一角にある、安物の楽器しかそろっていない、なんちゃって楽器店で楽器を買う事こそが、正しいカップルの放課後デートのやり方なのか、と。


「俺、今度ギターを始めようと思うんだ……」


 パカップル先輩の彼の方が、壁に立てかけられてある赤い弦楽器を手に取る。


「たっくん素敵♡」


 そんな彼を、パカップル先輩の彼女の方がうっとりとした目で眺めるが———彼が手にしているものの弦は四本———それはベースだった。


 たっくん……?


「俺、文化祭でこのギー太郎と一緒にステージに立つから、まり。見に来てくれよな」

「たっくん素敵♡」


 たっくん? 最近アニメ見た?


「雨宮君……私、今……見ちゃいけない物を見てる気がする……」


 それは俺も同じだった。

 胸が痛い。

 たっくんは明らかに2009年春このじきにやっていた〝女子高生がバンドを始めるアニメ〟の影響を受けてしまっている。


「ごめん、高千穂……やっぱり出ようか……」


 全く参考になりそうにない……俺はたっくん達を放っておいて、施設を出ようとした……が、


「待って! 雨宮君……!」


 たっくんに背を向けた瞬間、高千穂が俺の袖を引く。


「何だよ? たかち……」


 彼女の顔は真っ赤に染まっていた。そして、その見開いた眼はたっくんとまりにくぎ付けになっていた。


「ン、チュ……チュプ。たっくん……♡」

「れろ……んん……まり……♡」


 二人は抱き合って、キスをしていた。


 たっくん……!


 どういう流れ? 

 先ほどまでベースを持ってカッコつけていたと思ったら、いつの間にかそれを棚に戻して、ショッピングモール内で堂々とキスを交わし始める。

 カップルって……こういうもんなのか?

 抱き合う腕に双方強く力を込めて、制服にしわが寄っていた。


「……フーッ……フーッ……!」


 ふと気が付くと、高千穂の鼻息が荒くなっていた。


「高千穂?」

「え? あ、何⁉」

「目がギンギンになってるけど……?」

「そ、そんなことない……って何やってるの……! 雨宮君、ずっと見てちゃダメでしょ……!」

「いや、呼び止めたのは高千穂の方……」

「いいから出るよ……!」


 真っ赤になってしまった顔を手で隠した高千穂が、俺の手を引っ張りズンズンと出入り口へと向かう。

 ―――本当に見てはいけないものを見てしまった。

 耳まで真っ赤にした高千穂の後頭部を見つめながら、俺はそう思った。

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