第2話 昔通りの登校風景と思ったらちょっと違う。
俺は高校時代に
そんな事実を他人に話したって信じてもらえるわけがないだろう。
だけど確かに俺は高校生になっているし、スマホもガラケーに変わっている。
「いったい何が起きたんだ……」
そう、独り言を言いながら自転車を漕ぐ。
住宅街の中を通り、交通量の多い通りを抜け、田んぼ道を登る。最後の坂道を超えるとようやく学校につく30分の道のり。
ほとんどの生徒が自転車通学をし、俺も例に漏れずそうだった。
「それにしても懐かしいな……このママチャリ……みんなとおそろいの白いフレームのママチャリ……」
田んぼ道手前の信号で止まっていると俺と同じママチャリで同じ黒の学ランの制服を着た男子高校生が止まる。皆後輪上のフレームに長峰第二高等学校のシールを張っている。
まるで軍人みたいに全員同じ格好。制服とシールはわかるのだが、自転車まで同じようにする必要はないだろうに。
———だけどこの頃にはあるんだよなぁ。何となく全員同じものでそろえるのがカッコいいみたいな風潮が。
トホホと思いながら肩を落とすと、ポンと背中を叩かれる。
「よ……っす」
気弱そうに笑っている天然パーマの男子高校生が後ろにいた。
「おぉ! おはよう!」
懐かしい顔だ……!
同じクラスの
大声で俺が挨拶をすると、翼は慌てたように左右をキョロキョロと見る。同じように信号待ちをしている他の男子高校生の注目を集めていないか心配なのだ。
「声……でかいよ」
少しだけ怒ったような顔をする。
「あ、|わりぃ……」
この程度で、注意するなよな……そんなに大声で挨拶するぐらい皆気にしてねぇぞとは大人になった今なら思うが、この登下校の道というのは何となく、独特の雰囲気が支配している。
多くのあまり話したことがない同い年ぐらいの子が、同じ場所を目指して同じ空間を共有する。だから、目立たないように、周囲に迷惑をかけないように黙っていなければいけない雰囲気がある。
朝早くだったり、他の生徒がほとんどいない自宅近くなら大声で馬鹿話をしても問題ないのだが、学校近くになると他の気だるげでやる気のなさそうな生徒たちが黙って学校に向かっているので、それに合わせて全員が黙っていなければいけない。そんな雰囲気があった。
めんどくさ……。
まるで満員電車だ。
高校時代にタイムリープしたのなら、あんな窮屈な思いをしなくて済むと思っていたのに、この時代も割と窮屈だった。
「ねぇ……今週の『パイレーツピース』読んだ?」
小声で話しかけてくる翼。
本当に周りに聞こえない程度の音量ならOK。だから、かなり気を配って俺に人気海賊漫画の話をふってくる。
「読んだよ」
「面白くなかった? 久しぶりに砂人間のあいつが登場してきたんだぜ……!」
よっぽど面白かったのか、段々翼の声のトーンが上がっていく。
もう周りに聞こえるぐらいの音量になってしまっただろう。
この空気……マジでなつかしい……!
高校時代って、こんなどーでもいい話をずっと翼とやって過ごしていた。
毎週発売される週刊漫画の
「なぁ、翼……」
「え、なに?」
「『こちら亀無警察署』って終わるって知ってるか?」
「いや、終わるわけないじゃん。あれ何十年連載続いてると思ってんの? もう150巻以上出てるし、作者が死ぬか、あの週刊誌が終わるまで連載続けるでしょ」
終わるんだよなぁ。
昭和の頃から続いている不良警察の時事ネタ漫画も昼のウキウキウォッチングバラエティも、これから十年以内に終わる。
この頃は永遠に続いていくと思っていたことが、いつかは終わるものだと——知っているのは俺だけだ。
俺だけが———この世界の未来を知っているのだ。
そう思うと———、
「プ……ッ!」
吹きだしてしまう。
「ど、どうした、八代?」
「いや、俺って未来知ってても世界を救うなんて絶対できねーと思って自分に笑っちゃった」
「? そんな漫画の話、週刊ジャブに乗ってたっけ? 別の漫画雑誌の話?」
翼は俺が漫画の話をしていると勘違いしている。
そんなこんなしていると信号が青に変わり、一斉にその場にいた高校生たちが自転車を漕ぐ。
俺は、世界を救うなんてどうでもいい事のためにこの時代に帰ってきたわけじゃない。
「おい、あれ……」
「お、ラッキー、朝から見れるなんて」
前の方の男子生徒の話し声が聞こえる。
何があるんだと少し遠くを見る。
あ———、
こちらから見て横の歩道から、俺達の流れと合流する形で向かっているセーラー服を着た女子が見える。
———
この頃は全く絡みがなくて、俺にとっては完全な高嶺の花。共通点がクラスメイトという点しかない。
ロングヘアをなびかせてツンとした顔で自転車を漕いでいる。
「かわいいなぁ……芸能人みてぇ……」
自転車を漕ぐ俺たちの群れに向かって高千穂は近づき、やがて合流する。
高千穂は自転車と自転車がぶつからないように、こちらに注意を向ける。
「———あ」
その瞬間、高千穂と目が合った。
高千穂の口が小さく開く。
ああ、やっぱりかわいいなぁ……。
俺は、未来の知識を生かして無双するとか、世界を救うとか、そんなものはどうでもいい、ただ———彼女に思いを伝えたい。ただそれだけしかない。
俺は、彼女とやり直すためにこの時代に———、
———やっほ。
高千穂の口が、確かにそう動いた。
「え———?」
気のせい、だろうか……?
確かに高千穂が俺を見て、声をかけてきたような気がした。
「おい、高千穂さん。今俺に向かって挨拶しなかったか?」
「ばっか、そんなわけないだろ。自意識過剰だって」
「でも、俺見て笑って挨拶したぞ! なぁ、そうだろ!」
少し前を進む男子の声がうるさい。
高千穂が何をしたのか、さっきのが何だったのか。見間違いかもわからない。
集団の先頭を進む高千穂の後ろ姿からは、俺は何も察することができなかったからだ。
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