第9話 妹にアドバイスを求める

「あ~~~~~~~~~~~~~~~~~……!」


 高千穂に告白したその日の夜。

 俺は枕に顔をうずめてベッドで身もだえていた。


「ぜんっぜん思ったようにできなかった~~~~~~~~~~!」


 放課後デートのことを考えると後悔しかしていない。

 俺は令和の時代からタイムリープしている。

 体は高校生だが、知能は大人だ。だがその前提が全く生かされていない。

 なんなんだ、あれは……!

 先輩カップルを尾行して、濡れ場を二人で目撃して、反省して俺の理想であるソフトクリームの食べさせあいっこをしようと思ったら、別の形になり、それを更に先輩カップルに目撃される。

 ダサい。カッコ悪い……。


「こんなんじゃ高千穂に愛想つかされちまうよ……」


 そうつぶやいた瞬間、トントンと部屋の扉が控えめにノックされる。


「おにい。今、入ってもいい? スラダンの30巻借りたいんだけど……」

「お、おお……」


 久しぶりに聞く妹の声だ。

 ガチャリと扉を開けるとセミロングのジャージ娘が入って来る。

 

「うっわ、懐かし……その感じ……!」

「ん?」


 中学時代の緑色のジャージを着ている妹、雨宮たまだ。

 こいつとは社会人になってから会っていない。だから、こうして顔を合わせるのは十年ぶりになる。

 まぁ、この時間軸では昨日ぶりなのだろうが。


「あれ? たまちゃん、バイトは? この時代って、君夜バイトしてなかったっけ?」

たまちゃん言うな。アザラシみたいだろーが。それにバイトなんかできるわけないでしょ? ウチまだ中学生何だから」

「そう言えばそうでした……」


 雨宮球は俺の一つ下で、今年、受験生だった。

 バイトを始めるのは高校生になってからか……。

 彼女は俺と違って頭が非常にいいので、バイトといってもどこかの研究所に助手として手伝いに行くという、一般的なバイトとはかけ離れたことをしていた。

 そして、滅多に家に帰らなくなった彼女は、大学卒業後、そのまま海外の研究所へ行って就職し、日本にすら帰ってこなくなった10年後の社会の雰囲気からすると羨ましい人生を歩んでいる。

 中学高校時代もそこそこ友達が多く、実は天才であることを隠し、大学に上がると覚醒して海外で大活躍する。本当に漫画かアニメのキャラクターのような妹だった。

 

 だらっとした足取りで部屋の中を徘徊し、本棚までたどり着く珠。

 この光景を見られるのが、一年ちょっとで永遠に終わるとは、この頃の俺は想像もしていない。

 そう思うと、彼女と少し会話したくなった。


「28……29……30、あった」

たまちゃん。ちょっといいか? 俺、相談事があるんだよね」

「お兄があたしに? やめとけやめとけ、あたしゃ頭悪いからろくなアドバイスできないよ」

 

 そう言ってスラダン30巻をパタパタと振る珠。

 うそつけ。本当はメチャクチャ頭いいだろうが。高校の成績はそこそこだったかもしれないが、大学に上がってフェルマーの最終定理を自力で解くことになるの、俺知ってんだからな。


「実は今日、彼女できたんだよね」

「ふぅ~ん、おめでと。なんて人? ま、聞いてもわからないような普通の人間なんだろうけど、お兄と付き合おうと思う人なんだから」


 バカにしたように鼻を鳴らす珠ちゃん。


「高千穂花恋」

「……ん?」

「だから、高千穂花恋」


 バサ……ッ。


たまちゃん。漫画落とさないでよ。それ俺のなんだから」


「高千穂花恋とお兄がカレカノォォォォォォォォォ~~~~~~~‼」


 あまりの音量に耳がキーンとなる。


たまちゃん、大声出さないでよ。夜だよ?」

「どどどどどど、どうやったの⁉ あのウチの学校で一番カワイイと言われてた高千穂花恋とお兄が付き合うだなんて…………」

たまちゃん。高千穂のこと知ってるの?」

「知ってるに決まってるでしょ! ウチの学校の先輩だもん!」


 そう言えばそうだった。

 珠ちゃんは俺と高千穂が卒業した中学にいるんだった。


「一つ上の高千穂先輩なんて、気さくで優しくて、後輩のウチらの憧れでもあったんだから! そんな人とお付き合いしてるって……催眠術でも使ったの⁉ それとも……貴様、弱みを握って脅迫してるな! 警察に通報しなきゃ!」


 ポケットから取り出したガラケーをパカッと開き始めたたまちゃんの手から、直ぐにそれを奪い取る。


「やめろやめろ。普通に告白してOKもらえたんだよ」

「嘘だ! 勉強も運動も平均値! 半分以上でも以下でもない普通オブ普通! ミスタ―普通のお兄が、あのミスパーフェクツの高千穂花恋と付き合えるわけない! 何かしらの悪いことをしないと……お兄が高千穂花恋と付き合えるわけがない!」

「同じことを二度も言うな。流石に傷つく」


 ミスパーフェクツか……そうだよなぁ。このころはそんな風に思われてたし、そんな風に俺も思ってたんだよなぁ……。


 ———ばぁか。そんなアイドルみたいな女なんかいるわけないでしょ? 普通に○○もするし、○○もするわよ。じゃあ、ちょっと飲み過ぎたんで……トイレ行ってきます。


 思い出したくもない未来のポニーテールOLの言葉が頭をよぎってしまった。

 あの後、彼女はトイレに行って口から虹色のものを吐き出し、俺を大いに幻滅させた。

 この世界線の高千穂には、絶対にお酒は飲ませないようにしよう。

 悪いが一生———お酒は飲ませないようにしよう。

 俺も飲まないから。

 あんなもの百害あって一利なしだ。

 

「それで、たまちゃんに相談なんだけど……学生同士のお付き合いって何をすればいいのかな?」


 とりあえず俺が高千穂とどうやって付き合うことができたのかということは置いておいて、相談事を進める。


たまちゃん。今、確か付き合ってる人いたよね? 受験生のぶんざいで」「おっと、お兄の言葉にトゲがある。それは妹が先に大人の階段を上がったことに対する妬みか?」」

「妬みとかそういうのはどうでもよくて。俺は大学上がるまで恋愛経験なかったし、しかもその経験っていうのが同棲やレストランでのデートとかで、高校生ができるような物じゃないんだよね……学校内でどういう感じでカレカノとしてイチャイチャできるのか俺わかんないからさ……たまちゃんに教えて欲しいんだよね」

「まずお兄。同棲とかレストランデートとか……昨日やったエロゲの内容をさぞ自分が経験したことみたいに話すのはやめようか―――童貞臭いぞ」


 辛辣なことを言われる。

 だが、聡明な妹はポロリと口走ってしまったタイムリープ前の俺の経験を勝手に妄想話だと解釈し、サラリと受け流してくれた。


「それで、う~ん、学生同士のお付き合いねぇ……とりあえず、周りに隠すことだね」

「隠す?」

「うん。あぁ、親友とか一部の人間には明かした方がいいけど、滅多矢鱈やたらめったらの人に知らせるのはマジでやめた方がいい。マジでひどい目にあう」

「ひどい目にあったの? たまちゃん」


 意外と真剣に相談に乗ってくれたたまちゃんは重々しく頷く。


「あった。人間って……善意で余計なことする生き物だからさ」

「余計なことされたの。たまちゃん」

「された。おかげでシたい時にできなかった。お兄、恋愛経験豊富な妹からアドバイス。愛は———隠さないとヤりたいことをヤれなくなっちゃうんだよ。覚えておいて、お兄」

「……今、したいやりたいの言い方、おかしくなかった?」


 だが、その妹の言葉は実感がこもっていた。

 そして、その翌日———妹の言葉を身に染みて理解することになる。


 ◆


『緊急全校集会を開きます―――昨日さくじつ、近隣住民の方から長南第二高校ながなみだいにこうこうの生徒が不純異性交遊をしていたと報告を受けました。そのことについてお話がありますので、全校生徒は今すぐ体育館へ集まってください』

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