第10話 たっくん、捕まった。

 生徒同士の不純異性交遊が発覚したので、緊急全校集会が開かれた。

 そのアナウンスが流れている間、俺の背筋に冷たいものが走っていた。

 昨日、駐輪場で堂々と高千穂と共にアイスを食べていたこと、あのことを言われるんじゃないか。

 そもそも、あの時は人目もはばからずにいたが、高千穂は部活をサボっていたんだった。 

 そのことを誰かにチクられたのかと思った。

 が———、


「昨日の放課後、この学校の三年生・・・がこの近くのショッピングモール『サクラモール』で抱き合っているところを目撃されて、買い物に来た方がビックリされたそうだ!」


 全校生徒が集められている体育館の壇上で、マイク前に平井静が立ち説明をしている。

 普段俺が見るようなゆるい様子ではなく、毅然とした態度で俺達の視線を浴びている。


「学生の本分は何度も言う通り勉強である! 君たちにそんなことをしている暇などない! 恋愛ごとがしたければちゃんと勉強して、大学に行ったあとで遅くない! 恋愛ごとは大学生になってから! 高校にいる間はそんなことにうつつを抜かさずに勉強をする! それが正しい高校生だ!」


 静ちゃんは、あまりやる気がないのか喋るセリフを練っていないようだ。『学生の本分は勉強でうつつを抜かすな』と言った直ぐ後に、『大学生になればしてもいい』と矛盾したことを平気で口走っている。


「ウチの長南ながなみ 第二高等学校は進学校である! よって、対象の三年生二人に対して謹慎処分を申し渡し、そういった近隣住民の方の迷惑になるような不純異性交遊が今後ないように厳重注意を言い渡した! ここに集まっている生徒諸君も———くれぐれも周りの方の迷惑にならないよう、節度ある交友関係を心掛けるように‼ 以上だ!」


 壇上をきびきびした動きで去っていく静ちゃんは、まるで軍隊の鬼軍曹のように見えた。


 ◆


 全校集会が終わり、体育館から教室への帰り道。

 一斉に生徒たちが解放されたので、体育館前の廊下は生徒の群れでパンパンに埋め尽くされていた。

 ざわざわざわ、と話し声で満ちる。


「三年のたくみ先輩とまり先輩らしいぜ……」

「あ~……あの二人堂々とし過ぎだもんな……」



 謹慎処分を受けたのは昨日のバカップル先輩。たっくんとまりだった。

 危なかった……俺達が通報されたのかと思った。

 前の見知らぬ二年生男子二人の話を聞きながら、俺は胸をホッと撫でおろしていた。


「『サクラモール』の売り場で普通にディープキスしてたんだって」

「バカだね~……あの人ら。そんなんバレるに決まってるじゃん」


 その後、俺と高千穂は店の表で食べさせあいっこをしていたが、そっちはバレなかったようだ……。

 静ちゃんが「三年生」というワードを出すまで、俺は断頭台上がった死刑囚のような気分だった。

 だが、良かった。

 俺と高千穂の関係はまだ教師たちにはバレていないし、高千穂がテニス部をサボったこともバレていない。


「本当にバカだよな~たくみ先輩達。高校生であんな付き合い方すんなっての」

「あんな見せつけるようにイチャイチャしてて、バチが当たったんだよバチが。ハハハハッ!」

「———何に対するバチだよ」

「……あ?」


 ふと気が付けば、前を歩いていた二年生男子二人が振り返り、俺を見ていた。


「え?」

「おい……一年。今、俺達の話に口挟んだ?」


 二年生男子の片方が俺の足元を見る。

 学年で違う上履きの色。俺は緑色に対して、目の前の少し背の高い二人組は二年生の証しである青色だ。


「口……挟んだかなぁ……?」


 すっとぼけてみる。

 本当に無意識だった。無意識でたっくんを馬鹿にする二年生の言葉に対して反論をしてしまった。


「言ってただろ? バチが当たったってこいつが言ったら「何のバチだよ」って。何? 俺達の会話聞いてたの? キメーんだけど?」


 顔を近づけられ、目の前で睨まれる。

 完全な———威嚇行動だった。

 めんどくせぇ……この程度のことで絡んでくんなよ……。


「人目もはばからずに話してたのはそっちだろうが……」

「あぁ⁉」

「あ、やべ……」


 また、思ってたことをそのまま言っちゃった。

 ヤバいかな……学校という狭いコミュニティの中で、先輩にたてつくと言うのは結構なリスクだ。いじめに発展する可能性もある……。

 と、思ったけど冷静に考えるとどうでもいいか……別に上級生と揉めて波風立てたところで、死ぬわけじゃないし、いじめられたとしても所詮は子供の考えること、対処できないことはないだろう。

 こっちがスッキリするところまで思いっきりやってみよう。

 こっちは、俺は———もう大人なんだから。


「あのですね。そんなにしつこく絡むんだから言わせてもらいますけど、たくみ先輩達のどこが悪いんですか? 何に対するバチなんですか? 別にたっくんもまりも悪いことしてないですよね?」


 たっくんをわらい者にしているこの二人の上級生にむかっ腹が立っていた。


「は? バカじゃねぇの? 不純異性交遊はダメってちゃんと生徒手帳に書いてあるだろうが。そのルールを破ったんだから、悪いに決まってんだろ?」

「ルールの方が間違ってるって考えないんですか? 所詮しょせん、子供を管理しやすいように大人が一方的に決めてるだけですよ、そんなの。別にあの二人はただキスしてただけで、それで誰かを傷つけてたわけじゃない。誰にも迷惑をかけていない。本来、こんな大げさに騒ぐことじゃないはずです」

「何マジになっちゃってんの? ウケるんだけど!」


 議論が難しくなってついてこれなくなったのか、それとも面倒になったのか。

 二年生は話を挿げ替え、俺を指さして、わらい者にしてくる。

 はらたつ~……こいつら絶対童貞だよ……。

 あ、俺も童貞だったわ……。

 まぁ……俺もこいつらと元々同類か……タイムリープさえしてなければ、俺もこの人たちと同じように「リア充死ね」みたいな感情は持っていただろうから。

 この人たちも俺も……元来普通の人だからな……。

 だけど、それじゃあ後悔するんだよ……!


「先輩達。そんなんじゃいつまで経っても本気マジになれませんよ」


 だから、後悔した時間遡航者タイムリーパーとしてアドバイスをしておいた。


「————ッ! ふぅ~ん……格好カッコいいじゃん? そんなんじゃ、いつまで経っても本気マジになれませんよ……だってよ!」

「ギャハハハハハハハ……! ハハ……!」


 俺を散々笑い飛ばす二年生二人組だが、最後に顔が引きつっていたから、何か思うところはあったんだろう。

 なにか、これが彼らのきっかけになればいいなと思いながら、「ふっ」と息を吐いた。


 コツン……っ。


 手の甲に何か当たって隣を見る。


「あ」

 

 高千穂だった。

 彼女が手の甲をぶつけ合わせたのだ。

 そして、俺と目が合うと唇に人差し指を当てて———ウィンクをする。


 ———何?


 よくわからない、何かサインを俺にして、何も伝えないま小走りで俺を追い抜いていった。

 

 何を言いたかったかわからなかったが、彼女は嬉しそうだった。


「高千穂……本当にコレ好きだよなぁ……」


 俺もつられるように唇に人差し指を当てて、高千穂の癖なんじゃないかと疑った。


 ◆


 私、高千穂花恋たかちほかれんはおっかない生徒指導部の平井静の説教から解放されて上機嫌で廊下を歩いていた。

 昨日見た先輩たちが通報されていた。

 やっぱり高校生同士の恋愛って障害が多いなと思いながらも、教室へ帰っていると良いものが見られた。


 私の彼氏が———真っ向から昨日のバカップル先輩を庇って上級生に立ち向かっていた。


 やだ……カッコいい……!


 あの———「別にあの二人はただキスしてただけで、それで誰かを傷つけてたわけじゃない」って言ってるの私の彼氏なんですよって自慢したい。


 まぁ、そんなことしたら「不純異性交遊だ!」ってバッシング受けそうだし、騒ぎすぎると逆に迷惑かけちゃうから。言わないけど……。

 これって卑怯かな……?

 まぁ、いいや。

 雨宮君は自力で解決して、上級生二人組を追っ払ったんだから。

 それが嬉しい。

 だから何かアクションを起こしたい。

 ついでに、さっき不純異性交遊禁止だと全校集会で言われたから、念のため釘をさしておきたい。

 だから、私は———、


 コツン……っ。


 控えめに彼の手の甲に自分の手の甲を合わせて、振り向いてもらい、サインを送った。


(あたしたちの関係は内緒にしておこうね♡)


 雨宮君は少し笑った。

 私のサインの意味を理解してくれたんだ。

 そのことが嬉しくて、彼氏彼女だと気づかれたくなくて、直ぐに小走りで彼の先を行く。

 

「はぁ~あ……」


 少し、ドキドキする胸を抑える。


 ちょんちょん。


 急に肩を小突かれてビクッとする。


「なぁ、花恋かれん。今の見た?」


 私の親友の宇土宮子うとみやこだった。

 彼女は若干メイクした頬を赤くし、


「かっこよくなかった? 雨宮。やっぱ……いいよね、雨宮」

「う、うん……ソウダネ」


 噛みしめるように言う親友を見て、浮かれてる場合じゃなかったと思いなおす私であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る