第4話 そう言えば当時、仲の良い教師がいた。

 彼女ができた!

 それもずっと好きだった高千穂花恋たかちほかれんに告白してOKを貰えた。

 それだけで嬉しくスキップをしながら教室に帰っていると、


「きっも……」


 上機嫌な横っ面を殴られるように、廊下横——中庭から声がする。


「ひどくない? しずかちゃん」


 俺に向けてジト目を向け、白衣を着た女教師はクローバー畑の上でタバコを吸っていた。

 どうして、そんな草の上で教師がタバコを吸っているのかと言えば、彼女がいる場所が生徒指導室の裏だからだ。

 そして彼女が、生徒指導部の一員であるからだ。


「教師のことを廊下で堂々とちゃん付けするな。指導主任のクソジジイに聞かれたらどうするつもりだ」

「相変らず、ホント教師らしくないなぁ静ちゃんは……」

「静ちゃんはやめろ」


 彼女は平井静ひらいしずか24歳。生徒指導部の教師でもあるし、俺のクラスの古文の教師。


「まったくあのジジイ、何かと言えば生徒の模範もはん になれだとか、それでも生徒指導部の人間かとグチグチグチと……てめえが無理やり入れたくせに……」


 少し痛んだ黒のロングヘア―をなびかせ、自分が無理やり生徒指導部に所属させられたことを隠そうともせずに愚痴ぐちを言う。


「まぁ、この生徒に見られるような場所で平気でタバコを吸っていたり、生徒に向かって平気でキモいなんて言葉を言ったりしていたら、指導主任の宮部にも嫌味を言われて仕方がないと思うよ」

「お前もお前で、学生の癖に平気で教師を呼び捨てにするな」


 タバコの先をこちらに向ける。

 ほんのりと副流煙ふくりゅうえん が匂ってきて、不快な気持ちになる。


 ――—どうして裏庭という外側・・にいる彼女のタバコの煙が、廊下という本来内側・・であるはずの俺に届いているのか?


 それを説明するには面倒臭めんどうくさく、どーでもいいこの学校の特殊さを説明しなければならない。


 廊下の窓を開けている?

 いいや違う、そもそもこの長南第二高等学校の廊下には窓がない。


 ここ――——長南ながなみ 第二高等学校の校舎は特別な作りをしている。

 新しい風を吹き込むというコンセプトのもと、有名建築家にデザインを任せたせいで、施設がまともに配置されていない。

 普通、校舎の配置のイメージと言えば『H』・『工』の形だったり、『▭』の形をイメージするだろう。そっちがイメージしやすいだろう。


 だが、長南は———『叫』形をしていた。


 全く持って言語にし辛く、複雑怪奇ふくざつかいき で、ただ教室に向かうだけで迷いそうになるこっちが‶叫び〟たくなるデザイン重視で使う人間のことを全く考えていないデザイン!

 『叫』の漢字のド真ん中下の、少し上を向いている横線が縦線と交わっている丁度その場所に生徒指導室がある。

 生徒指導室がある場所は廊下が、簡単に例えれば———『V』の形になっていて、その‶折れ曲がりの内側〟が———クローバー畑だ。


 そしてその上、長南ながなみ第二高等学校の廊下には———窓どころか壁がない。


 頭のおかしい有名建築家が新しい風を吹き込むということで、廊下にあるのは柱と天井だけ。あとは簡単な木の棒で出来た手すり。

 要は廊下=外。という雨風を全くしのげない廊下。


 そして校舎裏で煙を吹かす教師の副流煙ふくりゅうえん すら、全くしのぐことができない叫びたくなる廊下だった!


 ――———以上‼ どうでもいい校舎の説明。廊下でも煙を避けられない理由の説明———終わり!


「ゲホッ、ゲホッ、何て教師だ! 校舎で平気でタバコを吸うわ……それを生徒に向けるわ……令和だったら一発でクビになってるぞ!」


 つーかそんなバレバレな場所でタバコ吸うなよ! この不良教師!


「あぁ? なんだぁ? レイワって?」


 あぁ思わず突っ込みをいれてしまったが、「令和」なんて言葉、平成の真っただ中のこの時代に使っても通じるわけがない。


「あ、いや……何でも……つーかバレたら平成でも一発でクビになってるわ! いいのかよ、静ちゃん。こんなところでタバコ吸ってて? それこそ宮部にバレるぞ?」

「いいんだよ。今は授業一分前で、そんなギリギリの時間に生徒指導室前なんて通る生徒いるわけないし……まぁ、お前がいたんだけど」


 そう言って、今まで吸っていたものを携帯灰皿に押し込んで、箱から二本目のタバコを取り出し、ライターでシュボッと火を点ける。


「吸うなって」と俺は忠告するが、

「吸いたくなるって……人間だもの……」と静ちゃんは言う。


「ダメ教師……」


 こういう部分が、実は彼女が生徒から人気のある部分だ。

 ダメな部分を無理に隠そうとしないし、大人だからといって頭ごなしに子供を支配しようともしない。

 あくまで一人の、いい面も悪い面も持つ人間として生徒に接してくれる。

 俺もこういう部分が好きで、高校時代はずっと「静ちゃん」と呼んでいた。

 ということを、今更ながらに思い出した。

 思えば、教師でそんなに親しくなれたのは、この人ただ一人だけだった。


「ところで、何でこんな場所にいたんだ? 体育館にでも行っていたのか? お前、前の授業は体育じゃないだろ?」


 詰められる。

 ちょうど体育館と俺の教室の通り道にある生徒指導室前を通りかかった理由を、問い詰められる。

 俺は———、


「ちょっと、好きな子に告白してきました」


 ———正直に言った。

 この人になら言っても大丈夫かと思った。


「へぇ」


 そう言って、静ちゃんはタバコを口にくわえてった。


 リアクション—――うすっ!


 キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン……!


 次の授業を告げるチャイムの音が鳴る。


「やべ、急がないと……!」


 のんびりしすぎた。

 完全に授業に遅刻したと焦るが、静ちゃんのリアクションがあまりにも薄いことが気にかかる。

 もうちょっと……なんかこう……リアクションして欲しかった!


「どうりでラベンダーの匂いがするわけだ……」


 静ちゃんはそんな意味不明なことを言う。


「いやそんなんじゃなくて……もっとこう……なんかないんか⁉ 静ちゃん、男が告白してきたっていったら……上手くいったのかとか、ダメだったのかとか……」

「成功したんだろ?」

「そうだけど……!」


 報告し甲斐がいがない……!

 もっとこう……嬉しい気持ちを共有したかったのに……!


「くそ、もういいよ……早く教室行かないと!」


 こういう部分は本当に静ちゃんはダメだなぁと思いつつ、彼女に背を向けると、


「おい、雨宮!」


 声をかけられる。


「先輩としてアドバイスをしといてやる! ウチの学校、不純異性交遊禁止だからなぁ! 彼女ができたなんて、あんま大声で言わない方がいいぞ!」


「今、あんたが言っとるがなっ‼」


 本当に静ちゃんはダメだなぁ……と思いながら教室へと急いだ。

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